第295話 スタートライン目前

「兄さんはもう少しぶらぶらしとき、皆にはウチから連絡しとくわ」


 どうやら、ルームに気を使わせてしまったようだ。

 彼女はそれだけ言うと、トテトテと皆が馬車を止めている方へと向かっていく。


「カナデさん、ルームさんのご厚意に甘えましょう。今まで頑張ってきたんです、少しぐらいなら誰も貴方を責めたりはしませんよ」


「そうかな……? それじゃ、お言葉に甘えて、もう少しだけブラブラさせてもらおうかな」


 目の前の建物は、実際に住んでた家とは違う。


 しかしそれでも、懐かしみながら俺は建物の周りをぐるっと回る。

 すると、少し離れたところに、別の崩れた建物の残骸に気づいた。


「あれは……煙突?」


 近寄って瓦礫がれきを見渡した。


 支柱が折れたのだろうか?

 建物が倒壊し、その時にでも倒れたのだろう……煙突の破片が、地面に無数に散乱している。


 きっと当時は立派にそびえ立っていたのだろう煉瓦レンガ作りの煙突は、今や見る影もない。


「そうか、ここで聖剣が打たれたのか……」


 よく見ると、転々と錆びた小槌や火箸ひばしが転がっている。

 間違いない……ここに鍛冶場があった証拠だ。


「雨風で崩れてますね……貴重な建物なんですが、非常に残念です」


 俺は瓦礫を避け、煙突の根元を掘り起こした。

 その下からは、炉の一部が姿を表す。


「あぁ、立派な炉だったんだろうけど、完全に埋まってるな」


 本当に残念だ……聖剣が生まれたて場所なら、シンシを生み出すヒントが何かあったかもしれないのに。


「それでも、使える部分は多そうです。炉も土台部分は確りしているようなので、直せると思いますよ」


 そうだよな──諦めるには間だ早い!


 それに直るようなら、念願だった鍛冶場が手にはいる。

 そうしたら、じいちゃんの背中を追える──こうしちゃいられない!


「シバ君ありがとう。皆のところへ帰ろう!」


「はい、元気が出たようでなによりです」


 この世界に来た当初はこんな事になるのは予想もできず、右も左もわからないまま、この目標も雲を掴むかのようだった。


 それでも、やっとスタートラインに立てる……それが嬉しくて仕方がなかった。


 流行る気持ちを押さえ、皆を待たせているだろう場所まで戻ろうと歩き始めた。


「──んっ? ルーム、さっき連絡に行くって言ってたよな?」


 池のすぐそばに、小さな体をさらに小さく丸め、何かを見ているルームが居たのだ。何かあったのだろうか?


「あぁ、それなら済ませたわ。皆疲れとるから、今日の所は資材の確認と、周囲の散策。後は仮設のテントを張って、休息取るらしいで?」


 まぁ、突然の無人島生活って訳でもないしな?

 物資や食料も当分は足りてるし、焦ることは何もないけど……。


「じゃぁルームは、こんな所で何をしてるんだ? 石なんかじっと見て」


「いやな? ここに変わった模様が書いてあるねん」


「模様?」


 彼女が言っていた模様とやらを見てみる。


 時が経ち、こけが生えているものの、何処も欠けている部分はないようだ。

 そして彼女の言う模様は、俺には馴染みのあるものだった。


「あぁ、それは俺の世界の文字で漢字って言ってな? えっと……」


 ──なんだよ……これ!?


帯刀たてわき なぎさ……ここに眠る? もしかしてこれは、母さんの墓標なのか!?」

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