第294話 ただいま

「ついにここまで来ました! カナデさん、この辺りから貴方の領地ですよ!!」


 皆、早る気持ちが押さえきれなかったんだろうな?

 気付くと俺達は、いつもより随分早めに朝の準備を済ませ、日が昇るとともに出発をしていた。


 それから少し進み、シバ君の言う俺の……俺達の領土に足を踏み入れたらしい。


 村を作る予定の聖剣誕生の地にはまだ早いが、それでも前から後ろから、喜びの声が聞こえる──。


「本当に着いたんだな……でも領地に踏み込んだ目印がないから、俺はいまいち実感できないな」


 今まで意識して国境を越えて来なかったけど、意識しててもこんなアッサリなものなのか……。

 日本で言うところの、県境みたいなものか?


「まぁいいや、それで村の建設予定地はどの辺りなんだろう……って、流石にまだまだ見えないよな?」


「確かに目視は難しいですが、地図で見るとこのまま川沿いを上り……ほら、あそこの山の梺辺りです」


 まだ距離はある。

 しかし目標地点が見えると、それだけでワクワクしてくるから不思議なものだ──。


◇ ◇ ◇


「──あそこです。あの辺りが、予定地のはずです!」


 何事もなく馬車は進み、順調に目的地周辺まで辿り着くことが出来た。


 遠目には、木々に囲まれた池が見え、その隣にはポツンっと一件の家が建っている──いるのだが……。


「ま、まさかな……?」


 池に近づくにつれ、俺の鼓動が高鳴る。

 それもその筈だろう……。


 目の前に見える建物……それは慣れ親しんだ、この世界に来る前に──自分が住んでいた家に瓜二つなのだから。


「嘘……だろ?」


 速度を上げ、前を走る他の馬車を追い抜いた。

 そして俺は、建物の隣に慌てるよう停車する。


「──カナデさん!?」


 止まるやいなや馬車を飛び降り、建物の中へと足を踏み入れた。


 やっぱりそうだ……。


 二百年の歳月がそうさせたのだろうか? 建物は風化し、立っているのがやっと言ったところだろう。


 しかし扉、ふすま、柱や壁の位置……つまるところ、間取りが自分が育った家そのものだったのだ。


「……これは、込み上げてくるものがあるな」


 俺は感極まっってしまったのだろう。

 自然と熱涙ねつるいが頬を伝っていくのを感じた。


「やっぱり……じいちゃんはこの世界に居たんだ……」


 じいちゃんがこの世界に来て勇者をしていた事を、別に疑っていたわけではない。

 ただこの家を見て、本当の意味で確信へと変わった。


「建物が崩れるかもしれません、外に出られた方が……カナデさん!?」


 声に気付き振り返ると、ルームとシバ君が心配そうな顔で入り口に立っていた。


「……どうしたんや──って、泣いてるんか?」


 俺は自分が涙していることを思いだし、慌て甚平袖で涙を拭う。


「すまない、見苦しい所を見せて……実はこの建物、俺がこの世界に来る前に住んでた家にそっくりなんだ」


 決して広くはなく、洒落た作りでもない。

 土間には調理をする釜があり、広間の中央には囲炉裏いろりがある。


 壁は土壁、天井は木で作られており、日本でも時代錯誤と言われてもおかしくない……そんなおもむきのある建物だ。


「つい懐かしくなって……恥ずかしいところを見せちゃったな」


「いえ、何も恥ずかしがることはありません。よほど大変な旅をしてきて、なにより当時の生活が余程幸せなものだったのでしょう……素敵な涙だと、僕は思いますよ」


「シバ君……。あぁ、じいちゃんと一緒に過ごした、思いでの家と同じなんだ」


 あぁ、また泣きそうだ。

 いつからこんなに涙腺が弱くなったのだろうか?


「感動する気持ちもわからないでもない……でも中は危険やで、取りあえず外に出た方がええんやないか?」


「そうだな。すまない、出ようか?」


 確かに所々柱も痛んでいる、これはいつ崩れてもおかしくないな。

 少し名残惜しが、二人と共に外へ出ることにした。


「流石に組木じゃないか。作りそのものは違うけど、何とか似せて作ったんだな?」


 外から見る建物の外観。

 壁がはがれ、剥き出しになっている支柱を見て、つい顔がほころぶ。


 もしかしたら世界を救った勇者でさえ、我が家が恋しくなったのかもな?

 だから無理して似せて……。


 そんな事を考えていると、俺はなぜかこの言葉を口にしたくなった──。


「──ただいま、じいちゃん」っと……。

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