第290話 逃げてないから!?
「な、なぁシバ君。なにもここまで着いてくる事はないだろ……?」
俺達は準備を終え、改めて新天地に向け出発を開始した。
出発をしたのだが──。
「いーえ! 良い返事が頂けるまで、カナデさんに付いていきます」
なんと彼は馬車にまで付いて……いや、言い直そう。
馬車の、それも俺が手綱を握る御者席、その空いているすぐ隣に腰を掛けているのだ。
何て言うか、熱量が凄い……。
彼の方が血縁者の俺より、よっぽど勇者気質だろ。
「ええやないか、別に弟子の一人や二人。兄さんの器が試されとるで?」
普段は荷台で何かしら作ってる癖に、何でこんなときだけ出てくるんだよ。
「嬉しそうだな……他人事だと思って」
ったく、変な後押ししやがって。
見てみろ、余計なこと言うから、シバ君すっげぇやる気に満ちてるじゃないか……。
「自分、諦めませんから! 新しくできる混血の村を守るのは僕の使命なんです!」
う、眩しい──なんてやる気に満ち溢れてるんだ!?
きっと、何かを成し遂げる事が出来るのは、俺みたいな心に邪を抱えている者じゃなく、彼みたいな……って誰が邪だ!?
……ふぅ、仕方ない。ハッキリと断るか。
「えーっと、シバ君悪いけど俺は弟子を取ってないから、そもそも自身がまだ未熟で……」
「でも兄さんを慕ってこう言ってるんやで? 諦めて弟子にしたりなや」
「──なんでルームそっちサイドなんだよ!? ほぼ初対面だろ、面白いからか? 面白いからなのか!?」
ルームの顔を見れば分かる、絶対楽しんでるときの顔だ。
彼の志は素晴らしい事だし、気持ちも良く分かる。
問題は、俺に指導をする自信と余裕が無いのがダメであって……。
「はぁ、分かったよ」
「──じゃぁ、僕を弟子にしてくれるんですか!?」
「いや、後でソインさんに頼んでおく。別に、強くなるのが目的なら、俺である必要も無いだろ?」
トゥナを指導したあの人なら、安心して任せられる。
きっと俺なんかより戦闘の経験も豊富で、指導の経験もあるはずだ。
「そ、そんな……」
ただ、シバは納得出来ないよな?
ここはひとつ……恥ずかしいけど──。
「新しく作る村では、立場なんて関係ない。シバ君には、俺の後を付いてくるんじゃなく隣に立てる器になって欲しい。歳も近いことだし、本当の意味で仲間でいて欲しいんだ」
「本当の……仲間?」
この世界で、同世代の男友達は居ないからな。
そんな相手が欲しいと、常々思っては居たんだ。
「あぁ、仲間だ。それにソインさんは、俺が背中を預けることが出来る、仲間の指南役をしてた程の腕前だ。そもそも騎士団の団長だし、彼女なら間違いないはずだよ」
これで、納得をしてくれるだろうか……分かってくれる嬉しいけど。
「分かりました! 必ずカナデさんのご期待に答えて見せます──本当の仲間として!!」
それだけ叫ぶと、シバ君は荷台に乗り込む。
そして中から「カナデさんの友として恥ずかしくない自分になるんだ!」っと叫び声が聞こえるのだ。
チョロい……ある意味、シバ君の未来が心配だ。
「あの子、筋トレはじめたわ……兄さん、上手いこと言って逃げるんかいな?」
「そうかな、逃げたカナ」
俺は二人にジト目を向けられる。
その視線に堪えきれず、つい顔を背けてしまう。
「な、なんだよ藪から棒に……別に逃げた訳じゃないだろ。良いじゃないか、誰も困ること無く、無事に丸く収まったんだから」
本人も納得したみたいだし、それで良いじゃないか。
「少なくとも、ソインの姉さんは困ると思うで?」
「う゛っ……それは後で謝っておくよ」
ため息を付きながらも、俺達が通るであろう方角を遠目に見ると、刃物の先のような険しい山々が見える。
そんな壮大な景色を見て、朝方のシバの言葉をふと思い出す。
「虐げられて来たから……力が欲しいか。でも俺は、お互いが慈しみ合い、人種差別も、争いも無い、そんな村作りができたら良いな」
人々がすべてが理解し合う世界など、不可能だとは分かっている。
しかし本当の意味で痛みを知る彼らとなら、それに近しいユートピアを作り出せる。
そんな気がしたのだった。
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