第288話 “カナデの”特訓中

 俺にもよく分からない方角から、太陽が昇り世界が色を帯びていく。


 早朝の多くの者が寝静まって居る中、白く染まる息を吐きながらも、キャラバンが遠目に見える辺りで俺は走っていた。


「はぁはぁ……少し休憩。一息ついたら、次はダッシュだ」


 朝練……いつしか一緒にやる相手も居なくなっちゃったな。


 リベラティオでトゥナと剣を交えた俺は、あの時、自分の未熟さを酷く痛感させられた。


 黒装いの魔族や、手に終えないドラゴンの存在……不安要素も多い。

 この程度じゃ大切なものを守る事すら、きっと叶わない。


 もう後になって後悔するのはゴメンだ。

 せめて、時間のある時に努力だけはしておかないとな。


 抜刀術は納刀からの抜刀、抜刀後の切り返し──この高速の連続攻撃が最大の売りである。

 つまるところ、この二回の攻撃を防がれると、再度納刀が出来なければ、抜刀術の旨味はなく、ただの剣術と変わりがない。


「こんなことなら、帯刀流剣術も習っておけば良かったな……」


 じいちゃんと同じ帯刀流剣術を身に付けていれば、抜刀していても納刀していても、臨機応変に戦えるんだけど──。


「トゥナの師匠であるソインさんに、剣技を教わっても良いけど……いや、やっぱダメだ」

 

 考えすぎかも知れないけど、じいちゃんが俺に抜刀術のみを勧めた──それには何か意味がある気がしてならない。


「よし、休憩終わり。次はダッシュだ!」

 

 ならば、弱点を補うより抜刀術の長所を活かす方に集中しよう!


 まず一つ目は足腰の強化だ。


 立ち回りを工夫し、より素早く動ければ相手より先に攻撃することができ、もし防がれても咄嗟とっさに距離を取ることが出来る。


 そして二つ目は、納刀をいかに早く出来るかだ。

 これはただ、ひたすらに反復練習を繰り返すだけだろうな……。

 

 ちなみに過去の逸話には、軒先から雨粒が地面に落ちる間に、三度の抜刀と三度の納刀を行った者も居ると言われている。


 そんな達人達を目標に、枯れ落ちて葉の無い木々の隙間を、俺は縫うように全力で走った。

 そして二百メートルほど走り、目的地で抜刀、納刀、抜刀、納刀と何度も素振りをする。


 そして再び木々の間を駆け、元の場所へ向かい、素振りを繰り返す。

 それを体力が続く限り、何本も何本も──。


「ま、毎回思うけど。はぁはぁ、俺って鍛冶屋になりたいんだよな?」


 疲れで冷静になった。

 立っていられず、その場に座り込む頃には、日も昇って起きてる人もちらほら見える。

 

 まぁ、今日はこれぐらいにして、出発の準備に戻ろうか──そんな事を思ったときだった。


「お、おはようございますカナデさん!」


 突然、背後から俺を呼ぶ声が聞こえる。

 振り向くとそこにはキャラバン内で見たことのある、少年が立って居た。

 

「あぁ、おはよう。えーっとごめん。まだ皆の名前を覚えていなくて。……よかったら君の名前を教えてもらっていいかな?」


 この子もハーフ……なんだよな? 年齢的には、俺より少し年下に見えるけど。

 明るい茶色の髪と獣耳、ふかふかの尻尾が印象的な幼さが残る顔立ちの少年だ……。


「はい、名前はシバと言います! 歳は15で、生業は大工をしてました!」


 なんか、元気のいいハキハキとした子だな。

 そんな子が突然、俺になんの用事なんだろう……。


「カナデさん──僕を貴方の弟子にしてください!!」


「……へっ?」

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