第284話 絵空事

 トゥナとの決闘が行われた数日後。


 正式に領地を頂いた俺は、村作りの為の道具、資源、食料を譲り受け、本日リベラティオを立とうとしていた。


「そうですか、そんな事があったのですね? そして、カナデ様は新天へ旅立つと……」


 ギルド内にある階段の下の一角、ティアの姿を遮るように立ち会話をしていた。


 何故こんな所にいるかと言うと、旅立つ前に彼女への報告の為に、ギルドに立ち寄ったのだ。

 随分予定と変わったからな……報告と、怒られるのを覚悟で謝りに向かったのだが。


「あぁその……ごめんなティア。いつでも顔を出せる訳じゃなくなって」


「いえ大丈夫です、確かに少し……いえ、控えめに言ってもかなり寂しく思う気持ちはあります。でもカナデ様が作ってくださる混血の居場所……私はその理想郷が楽しみですならないのですから」


 そう言いながら笑顔を向けてくれたものの、それは何処と無く寂しくも見えた。

 正直怒られると思っていたから、かなり予想外ではあったが……。


「そうですか……フォルトゥナ様は結果的に、私との約束を守ってくださったのですね……」


 胸元で手を握り、祈るように溜め息混じりに漏らす声に、複雑な心境が見えた。

 喜ばしい台詞なのに沈んだ顔を見せている。

 隣にいるべき、共に喜ぶべき相手が居ないから……なのかもしれないな。


 心の整理が出来たのだろうか? しばらく目を閉じた後、ハッ! っと、何かを思い出した様に俺の顔を見た。


「所でフォルトゥナ様とは、その後どうなったのでしょうか? ま、まさか最後のお願いとは、チューだったりして!?」


「──な、無いわ! ルームもその場所にいたんだぞ!?」


 まったく、場を和ませるために無理をして茶化して……いや、そう言うわけでもないか?

 俺に詰めより「本当ですか~」っと、彼女は上目使いで疑惑の目を向ける。

 必死に弁解する様子を見てだろう「それもそうですね……」っと呟き考える素振りを見せた。


 何とか納得をしてくれたのだろうか? そう思った時だった。

 彼女の口元が緩み、ほくそ笑む。──あ、あの顔はとんでもないことを言うときの……。


「そうですか……推しと推しとのキスシーン、それはそれで尊いものがありますが、一人の恋する乙女としては複雑ですからね。ここはそう言うことにしておきましょう」


 ──って、案の定言いやがった!


 このまま変な方に話を持っていかれるのも面倒だ。


 少し名残惜しいが、長くなる前にこの場を去ろう。


「じゃ、じゃぁ俺は皆が待っているから。すまないけど、トゥナの事をよろしく頼めるか?」


「大丈夫です……頼まれなくても定期的に顔出しに行きますよ」


「そっか、それなら安心だ」


 彼女はなんだかんだ優秀だからな……そんな彼女が出来るって言うなら間違いはない。

 胸の支えが取れた俺は、ティアに背を向けギルドの出口へと向かった。


「そうですよね……私はもう、貴方の言う皆の中には含まれて……」


「──ん? なんか言ったか?」


「い、いえ。伝鳥の返事、必ず下さいね? って言っただけですよ」


「あぁ、分かってるよ」


 俺は後ろ髪を引かれながらも、彼女に見送られギルドを出去った。

 別に、今生こんじょうの別れ言う訳じゃないんだ……。

 必ず、また顔を出しに来るからな。



「──遅いで兄さん! こっちはとっくに準備終わってるで?」


「あぁすまない」


 ギルドの目の前には、三十人前後で編成されているキャラバンが出来上がっていた。


 今回共にする第一陣のメンバーと、それを乗せた資材だ。

 これから多忙な開拓生活が続くって言うのに……彼等の瞳に映っているのは眩いほどの希望だ。


「「「カナデさん、よろしくお願いいたします!」」」


 大声を出し深々と頭を下げる姿をみると、何処かむず痒くなる……。

 彼等にはきっと、尾ひれはいれがついて俺の事が伝わっているんだろうな?


 困り果てている俺の様子を見て、馬車の上にいるルームが不適な笑いをしているようだ。──まったく、楽しそうで何よりだよ!


 俺は「ゴホンッ」っと咳払いをした後、頬を指でかきながら皆に指示をした。


「あ、あぁ……それじゃぁ行こうか?」


 頭を下げていた新しい仲間達が、人目をはばからず沸き立った。──凄く目立ってるから、落ち着けって!

 その場から逃げたい一心で、慌てて自分の馬車に乗る。


「オスコーン、メスコーン頼んだ。早く出発してくれ」


 手綱を握る手に力が入ると、景色がゆっくりと流れていく。

 後ろを確認すると、他の馬車も少し離れて着いてきているようだ。


 心寂しい思いでふと城を見上げると、遠くの一室で何かが光ったように見えた。──もしかして、トゥナかもしれない!


 俺は何も見えてはいないが、それでも手を振って見せた……。

 彼女の目なら、俺を見る事が出来ないかも知れないからな。


「なぁ、気持ちは分かるけど、前を見てくれへんか? ユニコーン達に任せても大丈夫やと思うけど、ちょっと怖いわ」


「──す、すまない!」


 いつぞや同じことを、俺も誰かに注意したっけか?

 まったく、何れだけ多くの経験をしても、俺のしまらないところは変わらないらしい。


「さぁ、新たな冒険の始まりだ! さっさと立派な村を作って……いつか皆で笑って過ごそうぜ!!」


『そうカナ、ボク達は止まらないし! 止まった時は死ぬ時カナ!』


 ──おい、俺達はマグロか!?


 突然のミコの念話に、条件反射の様にツッコミをいれた。それが無性に可笑しく、声を出して笑ってしまう。


 今後の人生も、波乱に満ちたものになるのは間違いないだろう。

 でも俺は、ミコの言うように止まることは無いはずだ。

 

 もしあるとしたら、それはきっと──自分と、自分が大切な人皆が笑って暮らせる。


 そんな絵空事を現実の物とした時だと思う……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る