第283話 フォルテア

「──こ、こんにちわ。初めまして……」


 見晴らしの良い、広々としたテラス。

 その一角には、トゥナのお母さんとメイド服の女性が俺を待っていた。


「はい、こんにちわ。貴方が噂のカナデ君で良いのよね?」


「どんな噂なのかは知りませんが、俺がカナデで間違いありません」


 カツラを取り、この世界での自分の一番の特徴である、地毛の黒髪を見せる。


 その姿を見て、彼女も確信を持ったのだろう。


「少し二人で話したいわ、貴方は席を外して。後私が声をかけるまで、ここには誰も寄せ付けないように」っと、人払いをしたのだ。


 メイドの女性は「はい、かしこまりました」と、俺をじろじろと観ながらもテラスを去っていく。


 俺は『え、行っちゃうの?』っと子犬のような視線をメイド服の彼女に向けたものの、あっさり無視された。

 どうやら効果は無かったらしい。


 トゥナのお母さんと二人っきりか……。

 俺は生唾を飲み込み、愛想笑いを浮かべた。


「あまり緊張なさらなくてもしなくてもいいのよ? どうぞ、お座りになって」


「は、はい、失礼します」


 テラスに置かれている椅子に腰を掛ける。

 そして、主導権を握られる前にこちらから話題を振ることにした。


「あ、あの……フォルテア様は、俺にどのような御用があって声をかけられたのでしょうか?」


「あら? 名前呼びじゃなくて、お義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」


「そ、それは……流石に」


 この様子だと、俺とトゥナの関係は聞いているのだろう。

 この人はあの親父さんと違い、俺とトゥナの微妙な関係を嫌悪していなさそうだ。


「まどろっこしいのは苦手なの、単刀直入に聞くわね。カナデ君は、あの子の事嫌い?」


「嫌いなわけないじゃないですか! むしろ……好意を持ってます」


「そう……良かったわ」


 良かった……?

 あれから時間もたっているし、泣かせた事を知らないって事は無いと思うけど……。


 トゥナから話を聞いてるなら、ハーモニーやティアの事も聞いてるだろうに。


「私も色々と心配してたのよ。旦那がアレでしょ? あの子つい最近まで、初恋もしたことがなくて……」


「もしかして、俺がその初恋の相手……?」


 トゥナのお母さんは、俺の呟きににっこりと微笑む。

 きっと、肯定の意味だと思うのだけど……。


「ねぇ、カナデ君。あの子が本当に幸せになれる場所。それは貴方の隣だと、私は思うのだけど」


「……そこまで、自惚れることは出来ませんよ。彼女に何かあったとき、無力なのは自分が一番分かってるので」


「……そうね、カナデ君が言いたいことも分かるわ」


 ずっと、ずっと悩んでいた。

 トゥナを側におくことのできない一番の懸念は、未開発の土地に彼女を連れていくこと。


 冒険で野宿には慣れていても、今回は一日、二日ではない。

 まともな住まいができるまで、何日も……何十日も不便をいることになる。


 それが解消でき、環境や医療の整備が整えば──。


「これは俺のワガママなんですが」


 そう、まだ誰の許可も得ていない……つい先ほどまで考え続けていた、弱い自分の妥協案。


「生活基盤が出来て彼女が住み良い環境が整ったら……その時、改めてトゥナを迎えに来たいと思っているんです。まだ、本人にも伝えていませんが」


 覚悟を決めろ……男だろ?

 こんなところで尻込みするな──そんなの、粋じゃない!


に、将来彼女を連れ出すことを許可していただきたいのです! それと出来ればご協力も……」


「……分かりました。私からも少しずつ、あの人にお願いしてみるわね」


 安心してほっと一息ついた俺に、トゥナのお母さんはウインクして見せる。


「後、これはお義母さんからのお節介。私から頃合いを見て、あの子にも話しておくわ。あの子、今意固地になってカナデ君と会いたがらないから」


 口元を覆い、彼女はとても嬉しそうに笑って見せる。


「ふふ、口が軽いと思われちゃいますね『今会うと、決心が鈍るもの。カナデ君を困らせたくない』って、ここに来るのを拒んでたのよ」


「そうなんですか……嫌われて、避けられてた訳じゃなかったんだ」


 自分から距離を取ったのに嫌われるのが怖いとか……本当女々しいな。


「あの子のためにも、貴方は自分がするべき事を全力で行いなさい。それが二人だけではなく、多くの者の幸せへと繋がるわ」


「……はい! トゥナの件、よろしくお願いします。それでは、自分はこれで」


 俺はテラスの外を覗き見る。──三階ほどかな? これぐらいなら。


「えっと、カナデ君? そっちは出入り口じゃ」


「そこから部屋に戻ったら、色々と声掛けられる気がしますからね。大丈夫ですよ、自分勇者の孫なんでこれぐらいは」


 念のために、柔軟だけしておこう。

 前にエルフの里で飛び降りたのに比べれば、一人だし雑作もないだろう。


「あの子の言うように、本当に変わってるのね」


「全然普通です、それでは!」


 俺は、挨拶を済ませ外へと飛び降りた。

 トゥナが俺のために会わないと決めたなら、無理して会うのはよそう。


 新しい村作り、必ず成功させるからな。

 待ってろよ……トゥナ。

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