第279話 一つのお願い

「──っく!」


 まずい! 二撃目も外した!?


 気付くべきだった。

 彼女が、何故今になりマントを羽織っていたかと──ってそれどこじゃない!


 一撃目で弾いた彼女の持つ木剣が、俺に向け振るわれた。

 右手に持つ木刀も、払うには間に合わない、避けることさえ叶いそうにはない。


「カナデ君、貰ったわ!」


 勝利を確信したのだろう、彼女は自信を口にした。

 こんな時、じいちゃんならどうしただろう……。

 木剣の一撃は、目前へと迫る。


 でも今は──負けられない理由がある!


 俺は咄嗟の判断で左手で握っていた鞘を腰から引き抜き、それで振るわれた木剣の斬撃を向け止めた。


「──諦めるかよ、鞘鳴り!!」


 俺が持つ鞘とトゥナの持つ木剣が重なりあう瞬間、彼女の攻撃をなす為に鞘を傾けた。

 鞘の上を木剣が滑り、それに合わせ攻撃を試みるが……。


「くっ──避けられたか!」


 渾身の一撃を、鞘鳴りでいなされ空振りに終わった彼女は、体制を崩し掛けたがそのまま前方に飛び、俺の追撃を逃れた。


 ──惜しかった! 


 何度も真似をしたじいちゃんの鞘鳴りだが、実戦で使うのはかなり難しい。

 去なすだけではない。

 鞘の絶妙な角度で、相手攻撃の力を誘導して体制を崩す。

 それとほぼ同時に追撃に移る絶技……。


「こんな技、じいちゃんは良く使っていたな……」


 狙っていた訳ではないが、鞘鳴りが成功していたら間違いなく勝てていた。

 ……いや、今の場合負けなかっただけ儲けものだったかもな。


「お、驚いたわ負けたかと思った……。悔しいわね、さっきの奇策で決まったと思ったのに」


「驚いたのはお互い様、確かにそれには完全にしてやられたよ」


「カナデ君。それでもまだ私の剣は、貴方には届かないの? そんなのは嫌! 私は自分が死んだとしても、貴方と並んで歩きたい……ただそれだけなのに!」


「トゥナ……」


 彼女の言葉が胸を熱くさせ、同時にきつく締め上げる。

 一緒に居ることが出来れば、どんなに嬉しいことか……。


 でもそれは、彼女が今まで描い来た夢を壊し兼ねないし、慣れない開拓作業で無理をさせることで、命を縮めてしまうかもしれない。


「俺もトゥナには側にいて欲しい……でも俺は欲張りだからな、一時いっときじゃ嫌なんだよ。トゥナには長く生きて貰って、俺が死ぬまで一緒に歩んでもらいたいから」


 その為にはここにいるのが一番安全なんだよ、心配なんだよ、不安なんだよ!

 トゥナに何かあってみろ……そんなの、俺が耐えられない。


「カナデ君……そんな風に言うなんて……ずるいわ」


 肩が震えている? 両手に握られた武器は小刻みに震え、痛々し彼女の悲鳴を代弁しているようにも見えた。


「ずるくても良い……俺はお前が大切なんだ」


「っつ──舞姫!」


 彼女の姿が霞む。彼女の全身からうっすらともやが現れたのだ。

 幾度か見た彼女の回避力向上スキル。

 しかし俺の瞳には、それは彼女が涙を隠すために使ったようにも映った。


「トゥナ……今度こそ決着をつけよう。力動眼!」


 鞘を手に持ったまま抜刀の構えを取り「対象、トゥナ」と呟いた。

 

 力道眼越しに映る彼女には靄はなく、その輪郭が鮮明に映し出された。

 熱分布のように見えている為、彼女頬に色の違う筋が二本、目から流れ落ちているているのが見てとれた……。


「参る!」


 自ら飛び出した。相手の方がリーチがあろうと……スキルで動きの先読みが出来る俺なら彼女の攻撃を掻い潜る自信があったのだ。


 俺に合わせるように、体をゆらりと揺すりながらトゥナも動き出した。

 お互いの距離縮まり、後数歩の所まで近づいた。


 ──おかしい……いつしか彼女の射程に踏み込んでいる!?


 俺は抜刀の動きを取る。

 するとその時、目の前の彼女は思いがけぬ行動を取った。

 なんと──握られていた二本の木剣が突如手放されたのだ。


「──なっ!」


 それを見た俺も、慌てて手を離した。

 トゥナはその勢いのままに抱きつき、俺も彼女を抱き締めた……。


「どうして……決着はまだ──」


「……カナデ君。私、私ね? 辛いけど、少しの間だけ我慢するわ。カナデ君の気持ちを、無駄にしたくないもの……」


 胸元に顔をうずくめ、小さな声で呟いた。彼女の涙で服が湿っていく。


「だからね? 一つ──お願いがあるの……」

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