第278話 好敵手

 ルームの掛け声と共に、トゥナは全身のバネを使い雷鳴の如く鋭い突きを俺に放つ。


 ──早い!


 少し後方に下がりながらも、彼女の木剣を抜刀で弾く。

 すぐさま切り返しの二太刀目を振るおうとするも彼女は瞬く間に下がり、俺から危なげなく距離を取った。


「何処かで……見たことが」


 無闇に飛び込んでくる気配は無く、彼女は目の前で深呼吸をして見せる。その時だ──。

 左足を前に出していた彼女は、右足を前に踏み出し剣を前に構た。

 体を前後に揺らすようにステップを踏み、こちらの様子を伺っている。


 ──思い出した! この戦い方は……。


 忘れもしない……始めてトゥナと剣を交えた時、船上での模擬戦に酷似している。──偶然……であるはずはないよな?


 トゥナは少しずつ間合い詰めよる。


「この後は確か……」


 彼女はその構えのまま、右足を踏み出し突きをしてきた。

 リーチを伸ばした彼女の突きは、弾くことは出来たとしても反撃は届かない。

 

 やはり同じ流れだ!

 ただ一つ違うことがあるとしたなら、それは──圧倒的に早くなっている!


 後方に下がり回避すると、続けざまに二撃、三撃の突きが襲いかかってきた。

 器用に距離を調整した攻撃は、本当に避けづらくてかなわない! 

 彼女の間合いの中に踏みこむと、警戒した彼女は下がり距離を取ったのだ。


「まったく、本当に厄介だよ……」


「お褒めの言葉として、受け取っておくわ」


 前回と内容は同じでも、まったくと言って良いほど状況が違う。さて、どうしたものか?

 確か前回は、強引に割り込んで彼女の剣を払ったはず。


 今回、額に汗を流すのは俺の方か……完全に防戦一方だな。

 

 同じことを繰り返して居るのに、目の前の彼女には余裕がうかがえる……本当に強くなられたもので!


「でも、負ける気は無い!」


 最初の一歩と一振りなら、彼女にも負ける気がしない!

 彼女が足を踏み出すタイミングに合わせ、俺も一気に距離を詰めた。


「くっ──私も、負けられないの!」


 前回は下がっていた彼女は、臆することなく二歩目を踏み出した。

 お互いに振るった刃は激しくぶつかり合い、勢いで弾かれる。

 攻撃が出しきれ無かったトゥナの木刀の方が、大きく弾かれる結果になった。


 ──二の太刀、俺の方が早い!


 手首をきり返し、木刀を振るい始めた時だった。

 トゥナは鋭い目に光を宿しながらも、俺が振るおうとしている木刀を見据えていた。

 そして三歩目の歩幅を前へと踏み出した彼女は、俺に体を預けるように体当たりをしたのだ!


 トゥナのその動きは予想外だった。

 普通なら斬られる瞬間は目を背け、避けようとするのが生き物の本能だ。

 しかしあろうことか、彼女は臆することなく前に出てきたのだ。


 俺は体制を崩し、振るった木刀は出遅れ彼女によって弾かれる。──このままでは不味い!


 俺はトゥナにならい、強引ながら体当たりをすることで、何とか彼女と距離を取り直すことに成功した。


「あ、危なかった……」


 トゥナが軽くて良かった。

 あのままの距離を保っていたら危険だっただろう。

 抜刀術は元来、二撃必殺の剣技。

 三度切りつけるのは想定外だからな……。


「驚いたかしら? 前までと違って、カナデ君の剣が見えてるわよ」


「どうやら……そうみたいだな」


 これは思ったより不味いな……。

 俺の記憶が正しければ、この後は連続での攻撃なはず。

 今の彼女それを許したら──負けてしまう!

 

 こうなったら、単純な力でねじ伏せるしかない!

 木刀を鞘に納め、前屈みに構えた。──次で、決めてやる!


 勝負は一振り目……これを彼女に当てるか、もしくは彼女の木剣に当てなければ勝機は無い!


「受けてたつわ……」


 トゥナも腰を落とし、いつもの構えを取る。──よかった……どうやら真っ向勝負を受けてくれるらしい。


 こんな時なのに、気持ちが猛りたつ。

 間違いない、彼女は今まで対峙した中でも一番の好敵手だ!


「「勝負!」」


 お互いに同時に地面を蹴った。

 彼女が真っ直ぐ突き出す木剣に負けじと、鞘から引き抜く反動を利用し、弧を描きながらも最小限の距離を、最大限の威力で引き抜いた。


 俺が振るった一撃はトゥナに当たりはしなかったものの、彼女は自身の持つ木剣で俺の一撃を反らした。

 狙い通り、彼女の握る剣を弾き、大きく仰け反らせることが出来た。

 利き手の反対側に隙が出来たのだ。


「──そこだ!」


 俺の振るった二の太刀は、彼女の腹部に当たった──かと思われた……。


「な──なんだって!?」


 何と……俺が振るった木刀は、今まで彼女が羽織っているマントの下に隠されていた、左手のダガーにも似た形状の木剣により受け止められていたのだ……。

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