第275話 バカ
「なんだね? カナデ君。何か不満なことでもあるのかい?」
いや、協力してもらうこと自体は大歓迎だ。
トゥナの事に関して言えば、一秒でも早く何とかしてあげたいし……。
ただ俺は、自分が彼女達の為に動けなくなる……正直なところ、そこが耐えられない。
元より協力を仰ぐつもりではいたが、自分でも何とかするつもりでいた訳だし。
「でも俺も……彼女達を救いたいです」
「カナデ君……」
本心を言えば、見ず知らずの混血の人達より、トゥナの命やハーモニーと出会うことの方が大切だ……やっぱり俺は──勇者とは程遠い存在だよ。
「そうか……それでは、フォルトゥナの件はこちらも動くが、エルフの少女の件は無かったこととさせてもらおうか?」
「──っな!」
「──お父様!」
そ、そんなの、脅迫と同じじゃないか! その条件であれば、考えるまでもない……。
絶望……とまでは言わないが、落胆の余り体から力が抜けるようだった。
その場に座り込むほどに……。
「なぁカナデ君。君は、おとぎ話のような物語を読んだことはあるか?」
リベラティオ王は語り掛けながらも、玉座から離れ俺たちに向かい歩いてきた。
「はい、ありますよ……それが何か?」
「彼等の多くは、なんの犠牲もなく自身の努力や運の様なもので多くのものを救ってしまう。私はね、ご都合主義で余り好かないのだよ」
王はしゃがみこみ、両手を伸ばし俺の肩を握る。
トゥナと同じ空色瞳に俺を写し込む、まるですべてを見透かされたようだった。
「カナデ君。君は、物語の主人公ではない。気持ちを、時間を……願いを犠牲にする事でしか、叶える事が出来ないこともあると知るべきだ。改めて問おう。どうか、混血達を救ってはくれないだろうか? その為なら、できる限りの便宜は図ろう」
結局、俺はどうしたかったのだろう。
トゥナを助け、ハーモニーを見つける。設備があればシンシも作り出せるかもしれないし、全部丸く収まるじゃないか。
でも、分かってははいるが全部誰か任せって……。
「フォルトゥナの願いも叶い、エルフのお嬢さんに会える可能性も上がる。何より、世界中の混血が幸せになれるかも知れぬのだぞ? 悩む必要はあるまい……」
リベラティオ王が言うことは、端から頭では分かっていた。
選択肢もなければ、悩む必要もない。
ただ他力本願みたいな手段で、胸を張れる自信が無かった。
でもきっとそれは、俺のワガママなんだろうな……。
「分かりました……その御話。謹んでお受けします」
「良く決断してくれた……約束しよう。なんとしてもフォルトゥナ命を救う方法を探し、エルフの少女会う手段も見つけると」
これで良かったのだろうか?
目標としていたものが、目の前から突然失われてしまった。
不安でしかなかった……。
俺は今後、誰と何処で村を作るんだ? そうだ、トゥナも……トゥナも来るのだろうか?
俺は、横に立っているトゥナを見上げた。
この時、自分がどんな表情をしていたのか分からない……しかし、俺と目が合った彼女は、唇を噛み締めて声をあらげた。
「お父様。私も、カナデ君に着いていかせてください! お願いいたします!」
いつしか、彼女から口にしてくれた約束。
今後の俺は、きっと何かしらの監視の元生きていくのだろう。
それが彼女であれば、それすらも苦では無いのだが。
「その話も聞いている。しかし、それは叶わぬのだよ……フォルトゥナ、頼むからこれ以上私達に心配をかけないでおくれ。君はただでさえ、危険な状況なんだ……分かってくれるよね?」
そう……だよな?
こうなる事は、薄々分かっていた。
そりゃそうだろ? 七番目だろうが何だろうが、彼女は一国のお姫様だ。
勇者ならまだしも、俺はただその孫。
彼女の隣に立つには、似つかわしく無いよな。
「カナデ君の監視役には、騎士長のソインをつける。フォルトゥナよ。君に剣を教えた彼女であれば信頼も出来よう」
「で、でも私は……」
食い下がってくれる彼女をみて、胸が熱くなった。
自分はいつ何があるかも分からないのに、それでも俺に着いてきてくれようとする彼女に、俺は……なんて言ったら良いのだろうか?
「──トゥナ……ありがとう、大丈夫だから。たまに会いに来るからさ? 自分の体を第一に考えてくれよ」
「カナデ君……? 大丈夫。私、もっともっと御願いするから!」
俺は首を横に振った。
「ここが一番安全だ。俺はトゥナに無理をしてもらわず、一秒でも長く生きていて欲しい」と、そう口にした。
いや……口にしてしまったのだ。
彼女の気持ちを、置き去りにして。
「でも、約束したよ? 私……嘘つきになっちゃう」
「──それでも! 俺は、トゥナに無理はさせたくないんだ……分かってくれ!」
トゥナの青色の瞳は潤み、涙を溜めていく。
俺は立ち上がり、彼女の涙を拭った。泣いている姿を見るのが、耐えられなかったのだ……。
「私……約束、守れないんだね?」
「大丈夫、気持ちは嬉しかったから」
彼女は近づくと、軽く握った右手で俺の胸元を一度だけ叩いた。
「──カナデ君の……バカ」
そして、一言だけ呟いたのだった……。
その後、彼女は振り返り、部屋を飛び出していった。
その時の拳は、不思議と今まで受けたどんな傷より、痛く、苦しく……辛く感じた。
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