第266話 理由がないから─ティア視点─
「──っつ! 何か……理由があるんですか?」
「いえ、逆ですよフォルトゥナ様。リベラティオに着いたら私の任務は完了するのです。皆様と一緒に居ていい理由が、失くなる……ただそれだけの話です」
私の告白に、場の雰囲気が明らかに重いものとなった。
「そ……そうだったわね。ティアさんは元々、お父様の命令で私に着いてきていたのよね……」
そう、私が彼女らと同行している理由は二つ。
フォルトゥナ様の身辺情報の報告と、彼女をリベラティオに連れて帰ることだ。
王命を完遂させたら、本来の仕事であるギルドの職員に戻るのが道理……そんな事、前からわかっていたはずなのに。
「はい……その節は、大変申し訳ありませんでした。こそこそ付け回すような真似をして……」
フォルトゥナ様が首を振り「気にしないで」と寂しげなに微笑む。
その姿を見てるだけで、つい感極まってしまいそうになってしまいますね……。
「はぁ~……この数ヶ月、皆様と冒険する事ができて、本当に楽しかったです。今までの人生で、一番色鮮やかな一時でした」
考えても見れば、生き残ることだけを考えず、毎日を楽しんでしまうなんて、いつぶりだったのだろう。
お母様と、共に過ごした日々位ではなかっただろうか?
「あ、あのね? ギルドを辞めれないかしら? 何なら私がお父様に頼んで、何かお仕事を……」
「──フォルトゥナ様! ありがたい申し出ですが、それはダメです……。今この時も、ギルドの誰かしらに迷惑を掛けているわけですし、あそこには恩人も居ますので……」
「そう……そうよね?」
目の前の少女は、服を強く握り涙を浮かべる。
いつもはピンっと立てている耳まで、今はペタンっと垂れ下がっていた。
「フォルトゥナ様……ありがとうございます。私の為に、そんなお辛そうな顔をしていただいて、それだけでもこの旅は特別なものだった。そう確信できます」
「私も最近は……ティアさんの事を、本当のお姉様の様に思っていたから……寂しい……よ」
絞り出された様な、か細い声と共に彼女の瞳からは雫が溢れる。
手で何度も拭うものの、その雫が頬を濡らしていく。
──驚きました。
あのフォルトゥナ様が、私と離れることを寂しいと口にして涙を流してくれている。──私は……なんて恵まれていたんだ!
「フォルトゥナ様!」
涙を流す彼女を、私は抱き締めた。胸を貸し、頭を撫で……優しい言葉を掛けた。
「必ず……必ずまた会いに行きますから」っと……。
「──フォルトゥナ様……寝てしまいましたか?」
膝の上で寝息を立て、時折私の名を寝言で呼ぶ彼女が愛しくて堪らない。
泣きつかれたのだろうか? こんなにぐっすり眠って……。
ずっと遠くから見つめるだけの日々だったのに、こんな日が来るとは、心にも思っていなかったですね。
「本当に、天使の様な寝顔ですね……。そうとは思いませんか? ──カナデさん」
「……」
彼から、返事は帰ってくることはありませんでした。
しかし私は、フォルトゥナ様にお別れを言う際、目を開けて聞き耳を立てていたカナデ様に気づいていたのです。
「そうですか、寝ているんですよね? それでコッソリと、あの本の様な事をして……」
「──ティア……お、おはようございます」
「はい、おはようございます。カナデ様」
やはり起きていましたか、カナデ様はそう言う所がありますからね。油断なりません……。
でも、そうなると彼はいつから起きていたのでしょうか……まさか!?
「あ、あのですね? カナデ様……お聞きしたいのですが、いつから起きられていたのですか?」
「え、えっと……三回ほど、頬をつつかれたのは覚えてる……かな?」
──そ、そんな前から!
自分の顔が熱を持つのが分かりました……この人はどうして最後まで、私の心を乱すのでしょうか?
「お、起きていたなら、声をかけてくださいよ……。危うく、もっととんでもないことをするところでしたよ? や、やっぱりカナデ様は欲しがりさんなんですね!」
ほ、本当に恥ずかしかった!
でも拒否され無かったってことは、脈はあるのでしょうか? 嫌いにだけは、ならないほしいですね……。
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