第261話 本物の恐怖

 地面の揺れは中々おさまらまい、それどころか徐々に、徐々に強くなっているかの様だった。


 せめてもの救いは、崖崩れなどがほぼ起きていない事だろうか? しかし当然、一切の油断は許されない。そんな時だったった──。


「──グォォアアァァァァァァァ!!!」


 バカでかく、巨大で、極大な……似た言葉を何度重ねても足りないほど、けたたましい叫び声だ……。

 いや……その表現ですら生易しいく感じてしまう。


 何かの咆哮一つで、空気が揺れ、大地が揺れ、体が震えた。

 鼓膜が破れるかと思い、鳴り止んだ今でも耳鳴りがする。


 俺達は恐怖で縛られた……まるで、足から根が生えてしまったかのように動けなくなってしまう。


 そして、雲海から先端だけ顔を出している山が、一つ崩れ落ちたのだ。


「い、いったい何が起こってるんだ……?」


 崩れ落ちた山は、雲海に飲み込まれ消えていく……先程の声の主が、この辺りの地形を変えてしまった、その事が容易に想像出来た。


 すると突然──ユニコーンが震え、暴れるように声を上げ始めた。


「──カナデ、物陰に隠れるカナ! オスコーンとメスコーンが、何かヤバイのが来るって叫んでるシ!」


 マジックバックから顔を出したミコが、大きな声を上げた。

 ハッさせられた俺は「皆、霧の中に隠れろ!」と、皆に指示を出した。

 

 慌てて身を隠す中、遠くの雲海で渦を巻きそこが突如盛り上がる。そして、とても巨大な魔物がそこから怒濤どとうのように現れ、茜色の太陽を遮った。


「──ド……ドラゴン……!?」


 華麗に空を舞っていると言うよりは、巨大で屈強そうな肉体を、力強い翼の羽ばたきで無理やり宙に持ち上げている……そんな印象だった。

 しかしその威風堂々いふうどうどうとしたで立ちは、圧巻と言わざるをえない。


 姿を見せたときに口をついた言葉以外、俺達は誰も言葉を口にすることなく、飛び去っていくドラゴンを、見えなくなるまで見送った。


「──は、はい! 今のはりゅうではありません、本物のりゅう……幻想種ドラゴン。存在は知っては居ましたが、実物は初めて見ました……」


 その後、最初に口を開いたのはティアだった。ギルドの職員である彼女すら、見たことのない本物のドラゴン。

 感動が無かった……とは言わないが、それを通りすぎ恐怖がほとんどを占めていた。


「と、とんでもないな……鳥肌が収まる気配がないぞ……」


 あれがドラゴンか……あんな規格外の化け物が、この世界には存在してるって言うのかよ?

 襲われていたら、勝てる見込みは無かっただろう。


 多くの人が、存在を空想したこと位はあるだろう。

 俺も、一度は見てみたいと思ったことはあった──しかしそれは間違いだ。


 本物を見たものにしか分からないだろう、そこに出会でくわした事を、後悔する感覚は……。


「い、今……目が合ったわよね? 私達は、見逃してもらえたのかしら?」


 いや……どちらかと言えば、眼中に無かったのだろう。

 確かに目が合ったようには見えたが、俺達の存在を気にも止めていなかったように見えた。


「も、もしかして、この辺りはドラゴンの巣やないんか! だから生き物がいないんやないんか!? う、うちらもさっさとトンズラせえへんか?」


 確かに納得だ。あの生き物は間違いなく、生態系の頂点に君臨する生き物の王だ。

 命あるものなら、アイツの縄張りで生活しようとは、どんな生き物でも思わないだろう。


「い、いや。ここで冷静を欠いては駄目だ。ドラゴンも、俺達を見逃したのも理由があるはずだ。それなら、視界が悪い中、慌てて先に進む方がよっぽど危険だ!」


 自分に言い聞かせながらも、他のクランメンバーに自分の考えを伝えた。

 正直なところ、俺も一分一秒とこんな場所には居たくないが……。


「で、でも念のために、今日は霧の中で寝泊まりして、火を起こすのは止めようか?」


 正直ビビっていた……。


 その後俺達は、霧の中でひっそりと馬車を止め、携帯食で空腹を満たすことにしたのだった……。

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