第260話 霧上

「これは……想像以上の濃さだな?」


 ユニコーン達も、この霧の中では流石に警戒しているようだ。

 先程とはうって変わって、脇目も振らず、一歩、また一歩とゆっくり進んでいる。


「私も何度か通った事はありますが、何度来てもゾッとしてしまいますね……本来であれば、余程訓練した馬でなければ通れない道なのですが、流石ユニコーン様達ですね」


「ティ、ティア!? そう言う事は事前に言っといてくれよ?」


 でも事前情報があったら、もっと怖くなってたかもな……。──霧の中だって言うのに、緊張して喉がカラカラだ。


「こんな所を魔物に襲われたら、なすすべもないな……」


「安心してください。いろんな諸説はあるものの、この山中では何故か魔物の存在が目撃されていないのです」


 言われてみれば、この山に入って一度も魔物の姿を見ていない。

 それどころか、生き物ですら見て無い気がするな?


「──あら、もうこんな所まで来てたのね?」


 濃い霧の為、荷台まで光が届かなくなったのだろうか? 様子見をするかのように、トゥナとルームが顔を出した。


「こ、こりゃあかんわ! 回りが見えんやないか!」


 トゥナは経験したことがあるようだが、ルームに関しては初見だろうか? きっと、俺と同じ気分に違いない。


 目隠し……っとまでは行かないが、それでも五メートル先は肉眼で確認できない。

 そんな視界を閉ざされる恐怖の中、どれぐらい時が経ったのだろう……。

 それどころか、濃霧に入って何れだけの距離を進んだのかも分からない。

 

 しかし、明けない夜が無いように、いつしか前方はオレンジ色の霧となり、進むにつれその霧も開けたのだった……。


「──す、すげぇ……」


 長いこと歩いていたのだろう、馬車は山の中腹を越え、かなり高くにまで登って来ていた。

 目の前の光景を、何て伝えれば良いのだろうか?

 一言で例えるなら……俺達は雲の上を歩いていたのだ。


「ここの景色は、何度見ても感動するわね」


「私もこの景色が大好きなんですよ、カナデ様はどうでしょうか? 怖いのを我慢した甲斐はあったと思いませんか?」


「……あ、あぁ。これは二度と忘れることが出来なさそうだ」


 一瞬言葉を失っていた。


 余りにもの広大な世界に、心が感動で満たされてしまった。

 この絶景に、ユニコーン達ですらも足を止め、見いっているようだ。


 ──夕暮れが世界を染め上げている。


 一望すると、空も、木々も……岩肌も、遠くに先端だけ顔を出す山頂も、足元に存在する雲海もすべて、茜色に姿を変えていた。


 実際は、霧の上に出ただけだけなのは分かっている。

 地球でも実際に見ることが出来る、雲海と呼ばれる風景だが、空気が澄んでいる為か世界の果てまで見えるかの様だ。


「ミコ、明かりありがとうな? 流石のお前でも、この絶景は心に響いただろ?」


「うん、凄いカナ! あのもこもこのもふもふとか、とっても美味しそうモン」


 流石のミコさんだった……彼女の一言で、感動に打ち震えていた俺達は、つい笑いだしてしまった。


 そして、どれぐらい笑っただろうか? ひとしきり笑い終わると、俺は皆に一つ提案をした。


「──もうすぐ日が暮れそうだ、何処かで夜営準備でもしないか?」


 夜になり見えなくなると、崖沿いのこの道は危険だ……いや。本当のところは、もっとこの風景を堪能したかっただけなのかもしれない。


「せ、せやな!」


「賛成ね、次はいつ来れるか分からないし、今のうちに目に焼き付けておきましょう」


「そうですね。ミコ様では無いですがお腹も空いて来ましたしね?」


 満場一致のようだな? 

 

 俺達は比較的道幅の広いところに馬車を止め、野営の準備を始めた。

 雲海のすぐ近くに、いつものようにテントを準備していた。


 ──すると突然の事だ! 立てない程ではないが、激しい地響きが始まったのだ。


「な、なんだ!」


「カ、カナデ君、地震よ!」


 ──くそ、こんな時に! 


 逃げ場の無いここでは、慌てたところでどうしようもない……。

 いざとなったら、灯心で落盤を切り刻んでも皆を守り抜く! 出来るか出来ないかじゃない、やるしかないんだ!


「みんな、俺の近くに集まってくれ! ミコは無銘の中に、ティアは小さな落石を排除出来るように詠唱を!」


「は、はい! 分かりました!」


 俺は無銘を握りしめ、神経を研ぎ澄ましながらも周囲を警戒するのだった……。

 

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