第259話 濃霧

 俺達は、長い長い山脈へと差し掛かった。

 リベラティオキルクルスを繋ぐ主要の道の為か、山肌を削り作られたしっかりとした道が形成されている。


「──こ、こら、お前達! イチャついてないでちゃんと前向いて歩いてくれよ、お願いだから!」


 道があると言っても、所々崖になっている。

 ただでさえ、馬車はほぼユニコーン任せなのに、コイツと来たら……イチャイチャして時折余所見をしているのだ。──実にけしからん!


「これは、落ちたらひとたまりもありませんね……カナデ様、気をつけて下さいね? 落ちたら全滅してしまいます。あ、振りじゃありませんよ?」


「──例え、振りだとしても落ちれるか!」


 彼女のなりに、場を和ませようとしたのだろうか? しかし、それに付き合えるだけの心の余裕が俺には無かった。


「──おいおい……目の前の霧がかなり深いぞ、大丈夫なのか?」


 山に登っている最中もうっすらと出てはいたが、目の前の霧は明らかに濃い。

 数メートル先は完全に見えなくなっている。


「この山は無風が続き、いつきても霧に覆われています、大変危険ですが進むしか無いでしょう」


 な、なんだって!? ってことは、ここでキャンプして時間を潰しても、霧が晴れることはないのか?

 こんなとことで転落しようものなら……考えただけでゾッとしてしまう。


「やっぱ危険だ……ここは迂回して……」


 手綱を引こうとした俺の手を、ティアが掴み制止する。

 疑問を持ち彼女の顔を見ると、首を横に振った。


「──大丈夫です……っと言うよりは、どのルートでも似たようなものですよ? この道は比較的道幅も広いので、崖崩れでも無ければ道は確保されております。山に沿って、ゆっくりと進めば霧を越えられるはずです!」


「ほ、本当だよな? このタイミングで『やっぱり、嘘でした』って落ちはないよな?」


 神経質過ぎるだろうか?

 しかしこの世界に来て、高いところでろくな思いをしてないからな。

 シャツだったり、エルフの集落の絶叫マシンだったり……そしてシャツだったり。


 先に進むとしても、何かしらの対策は取ったほうがいいか。そうでもしなければ、俺の平常心が保たれない!


「ミ、ミコ。すまないが、目の前を照らしてくれないか? 魔法でちょちょいのちょいって……」


「カナデ様……どれだけ怖がっていられるんですか?」


「し、仕方ないだろ! 怖いものは怖いんだから!」


 この深い霧じゃ、鑑定眼でも情報が多く見えないし、力動眼でも取るべき対象が思い付かず、見通す事が出来ない。


 分かってはいたつもりだったが、再認識させられた、見えないことがこんなにも不安だと言うことを……。


 うちの精霊様が、「でも、疲れるカナ」と腕を組み愚痴を漏らす。

 それ以上は何も言わずに、俺の顔を何度もチラ見するのだ。──こ、この商売上手め!


 マジックバックから、キルクルスで購入した本日のおやつ、蜜菓子を取り出しミコに差し出した。

 しかしミコは、それを見て指を二本立て小悪魔の様な笑みを浮かべるのだ。


「くっ、分かった! 背に腹は代えられない……」


 俺は今日の自分のおやつ、すべてをミコにさし出した。それで納得してくれたのだろう、蜜菓子をむさぼりながら、彼女は前方を魔法で照らし出した。


「け、結局前。みえねぇ~……」


 分かってはいた、分かってはいたが、何もやらないよりは幾分か視界が良くなった……気がする。


 そんなやりとりをしていた俺を、ティアは黙ってじっと見つめていた。


「な、なんだよ?」


「い、いえ……」


 な、情けないところを見られた……。今さらながら、少しの気恥ずかしい。

 

「ただ、カナデ様のその情けないところも、母性をくすぐられると思いまして……」


「そ、それは褒めてはないよな?」


 結局、俺の心中穏やかでないまま、馬車は光がほぼ通らないほどの、深い霧の中に突入したのだった……。

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