第241話 奴2

 地面に背を付けることになった俺に、男が馬乗りになり胸ぐらを掴む。

 奴の拳の痛みはあれど、さほど気に止める程でもなかった。

 こんな痛み……ハーモニーが居なくなってしまった心の痛みに比べれば、どうって事ないのだから。


「貴様は正真正銘のバカ野郎だ! なんだ、その女性に頼まれたから? 会える方法が無くなったから? そんな程度の事で諦めちまうのか?」


 余計なお世話だ。諦めがつかないから、こんな女々しく悩んでるんだろ……。


「会えなくなった? 何を寝惚けた事を言ってるんだ! そんなの、諦める理由なんかにはなんねぇよ!」


 男はそう口にすると拳を振り上げ、何度も俺の頬を殴りつける。

 俺はまるで、サンドバッグ様に無抵抗に殴られ続けた。


「ティアさんも、こんなヤロウの何処が気にいったんだ。貴様が俺の恋の障害だと……反吐がでるぜ!」


 完全に無抵抗な俺を、殴るのも飽きたのだろうか? 男は胸ぐらを掴んでた手を離し、立ち上がった。


「お互いが好いていたんだろ? 何勝手に諦めてんだよ! 会えなくなったじゃない、例え情けなかろうが、女々しかろうが……這いつくばっても見つけ出して見せろ!」


 他人事の様に言いやがる……。そんな簡単な問題じゃないんだ。

 顔を背け、心の中で言い訳をしてると、男の流す涙が俺の服を湿らせた。


「やらないいけない事があるなら、それをさっさ達成しちまえよ! そして、何としてもその女性を探し出せ! お前が辛く感じている以上に、その女性はもっと辛いんだぞ? 悲劇の主人公を……きどってんじゃねぇ!」


「お前……何を言って……」


 ──ハーモニーは……もっと辛い?


 その言葉が胸をついた。俺は、辛さから彼女の心情を考える程余裕が失くなっていたんだ。

 

「貴様はそこで腐ってろ……やはり、ティアさんには俺の方が似合ってるようだな。貴様など……恐るるに足らんわ!」


 情けない……こんな奴に言われて気付かされるなんてな? 


「……ありがとうな」


「ん、どうした? 何か言ったか?」


「お前の陰で、目が覚めたって言ったんだよ」


 俺は立ち上がり、服についた汚れを叩き落とした。


「ふん……どうやら、多少は見れる目になったみたいだな。それでこそ、倒しがいがあるってもんだぜ」


 顔をグシャグシャに濡らしながらも、目の前の男は俺に微笑みかけてきたのだ。

 むさ苦しくて鬱陶うっとうしくて、気遣いが出来ない奴だけど、案外イイ奴かもしれないな?


 ──さて!


「あぁ、ありがとうな? ストーキングキング。だからお返しは……一発だけにしといてやるよ!!」


 俺は拳を振るい、目の前の男の顔を殴り付けた。

 感謝の気持ちと、先程のお礼をかねた一撃だ。

 男はよろけながらも、自分の頬を拭い「イイ拳じゃねぇか……」と満足そうに俺に微笑みかけた。


 拳で語り尽くした俺は背中を向け、男をその場に残し宿屋に戻ることにした。

 そう、皆に俺の覚悟を伝えるために!


 その後のストーキングキングは、そんな俺を追っては来なかった……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──宿屋の部屋の前に着くと、俺はノックの為に拳を握った。

 しかし、先程の俺の態度を考えると、入るに入れないで居たのだ。

 で、でも入らないと入らないで皆に更に心配されてしまうよな?


 そんな葛藤かっとうをしてると、目の前の扉が突如開かれた。


「──か、帰ってきたんか? ってあんさん! その顔、どうしたんや!」


 え、そんな酷い顔をしているのか?

 そう言えば結構殴られたしな……口の中に血の味もする。


「あぁ……外でちょっとな?」


 俺に気付いたのだろう、ティアも俺の側に歩み寄ってき。


「だ、大丈夫ですか! カナデ様!」


 傷を心配したのだろう「ポーションをお持ちします!」っとティアが何処かに行こうとしたので、俺は彼女の腕を掴んだ。


「大丈夫だから、こんなのかすり傷だから」


 それに、この痛みは簡単に消していいものではない……。戒めみたいなものだしな?


「そ、そうですか?」と、ティアは言うと、その後エーテル入った袋を気にし出した。


「あ、あのですね……実は、ハーモニー様からの手紙、皆さんに一通ずつ、当てていたようでして……」


 そう言いながら、袋の中から何通かの手紙を出した。

 手紙の端には、俺達の名前を添えてある。


「あぁ……ありがとうティア、気を使わせたみたいでごめん。ハーモニーからの手紙読ませて貰うよ」


 その手紙の中から、自分の名前が付いている物を選び、俺はそれを受け取ったのだった。

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