第240話 奴

 意気消沈したまま宿屋を後にした俺は、人知れず宿のすぐ近くの路地裏へと入った。

 深い理由はない。ただ人の声がわずらわしい、そう思っただけだった。


 路地裏を抜けた先はちょっとした広場になっており、地面には一本の水路が走っていた。


 頭の中では今だ、ミコの泣き声が鳴り止まない……。


『グスン……ハモハモとは、もう会えないのカナ……グスン』と、念話越しでの彼女の質問も、俺は返す事はしなかった。

 俺の頭の中を覗いたのだろう。ミコも、それ以上の質問をすることはなく、ただただすすり泣くのみだった。


 水路に流れる音が、ミコの鳴き声を少し打ち消す。俺は、その場に膝をつき空を仰いだ。

 憎らしいほど青い空だ……。

 ハーモニーもあの集落で、同じ空を見ているのだろうか? そんな不毛な考えが脳裏を過る。


 その時、何処からか足音が建物を反響して響いた。

 音が耳に入ったものの、俺は気に止めることもなく空を見続けていた。

 女々しい考えを、脳裏に巡らせながらも……。


「──ようやく見つかった! こんな所にいたのか!」


 ……五月蝿うるさい声だ。


 俺は声がした方を顔を動かす事なく、視線だけで追った。

 するとそこには、小さな火の玉を浮かべながら、男が此方を指をさし立っていたのだ。


 男は火の玉を手で握りつぶすように消し、俺の方に近づいてくる。


「き、貴様! 聞いてるのか! 俺様の事を忘れたとは言わせないぞ!」


 目の前の相手に感心が持てなかった。

 正直居なくなって欲しいとさえ思っている。俺は返事をする事無く、視線を空へと戻す。


「そうかそうか! 俺様を無視する気だな? って聞いてるのか!」


 本当にめんどくさい……。

 しかし、この手のやからは移動しても着いてくるだろう。仕方なく、俺は相手をすることにした。


「あ……あぁ~? 誰だっけ?」


「おいおい! 永遠の恋のライバルであるこの俺を忘れただと? ならばもう一度教えてやろう、俺の名は……って聞いてるのか?」


 思い出した……ギルドで絡んできたアイツだ。めんどくさい。


「……すまない……今は相手をする気分じゃないんだ……」


 なんて間の悪いやつだ、こんな時に顔を出すなんて。

 俺は「関わらないでくれ」と一言残し、その場を後にするため立ち上がった。


「──おいおいどうした? その覇気のない目は。なんだ、女にでも振られたのか?」


 なんて気遣いの出来ない奴だ。別に俺はフラれた訳じゃない……。何も知らされる事無く相手が離れて行った……ただ、それだけの事だ。


「──ん? 目が泳いだな、図星か?」


 目の前の男の胸ぐらを掴み引っ張りあげた。

 無神経なコイツに怒りを覚え、耐えきれなくなったのだ。

 しかし男は、抵抗することもなく話すのを止めはしなかった。


「事情が分からん! この愛の伝道師の俺様に話してみろ……聞いてやるから。貴様は、俺様が何度ティアさんに振られたと思ってんだ? 失恋のスペシャリストだぞ?」


 コ、コイツなりに気を使っているのか? 

 俺は男を掴んでいた手を離して、その場を去ろうとした。


「──まて、俺はしつこいぞ? 一人で悩みたければ、話してからにしろ」


 肩を掴まれたので、俺はそれを払いのけ男を睨み付けた。そこで俺は驚かされた。


「な、なんで──お前が泣いてるんだよ!」


 一度決闘をしただけの相手が、なんでそんな顔をするんだよ……おかしいだろ?


「いいから……話してみろ……」


 俺はしつこいこの男に完敗した。諦め、簡単に身の上話をすることにしたしたのだ──。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「──なるほど。つまり貴様は、その女に何も告げられず、気づいたときには会うことも出来なくなっていた……そう言う事か?」


「あぁ……私より、別の事を成し遂げろって言われてな。それは俺にしか出来ないからって」


 自分でもどうかしてると思う、何でこんなやつにわざわざ事情を話してるんだ?


 すると男は「そうか、そうか──」と呟きながら俺の肩を掴んだ。


「──このバカ野郎が! 歯をくいしばれ!」


 その声と共に、俺は突然男に殴られた。頬に痛みを感じ、吹き飛ばされたのだ……。


 

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