第239話 葛藤

 俺は、ティアの言葉を聞き、その場に膝から崩れた。座り込んで、頭の中で意味を理解する。

 どれだけ……どれだけあの時を振り替えって思い出しても、ハーモニーは五年とは言っていなかった。

 あの時の彼女は唇を震わせ、あんなにも……あんなにも、悲しそうな顔をしていたのに。


 ──こうしてはいられない!


 俺は、慌てるようにその場で立ち上がり、部屋のドアに向かい歩こうとした。

 あの時この宿でハーモニーに言ったはずだ、三人とも大切で大好きだと!

 トゥナ助かっても、彼女に会えなくなるなんて……そんなの、俺が堪えられるはずがない!


「──カナデ様、何処へ行くつもりですか!」


「ど、何処って、ハーモニーを迎えに行くに決まってるじゃないか!」


「……どうやって行くつもりですか?」


 そんなの決まっている! 往復した道を思い出してたどればいいだけだ。

 移動手段さえ確保してしまえば、さほど難しくは……。


「……あれ? なんでだよ、あの集落への道のりが……思い出せない!?」


 おかしい、そんなはずはない! だって、あの集落にいたことは覚えてるんだぞ? なのにq何故、行き帰りの方法だけ思い出せないんだ!


「幻惑魔法です……。エルフの住む町や村。集落の付近にはその魔法が張り巡らしてあるのです。それは各所で侵入対策の工夫を凝らしてあるため、入り方を知らないものは、足を踏み入れることも許されません。そして同時に、対抗策を持たないものは、行き帰りの記憶も奪われるのです……」


 そんなバカな……じゃぁ、本当にハーモニー会えるのは五十年後だっていうのか!?


 ──そんなの…………認めれるかよ!


「そうだ、ならティアならどうなんだ! 元々はエルフの村出身だろ? 集落の入り……」

「──カナデ様、御願いします! 聞き分けてください!」


 ティアは俯き、首を横に振った。それだけで理解できた……彼女はあの場所へ行く方法を知らないのだと。


「私には、ハーモニー様の気持ちが分かります。私がハーモニー様だとしても、同じことをしたでしょう。彼女は自分が犠牲となっても、大切な人を……大切な人の思いを、気持ちを守りたかったのです!!」


 嫌だ……そんなの詭弁きべんだ。

 だって約束したんだぞ? 次に会うときは、ハーモニーの気持ちに答えるって。


「カナデ様、分かりますか? 愛する人と会えなくなろうとも、貴方の大切を守るために彼女はこの選択を取ったのです!」


 嫌だ……嫌だ嫌だ、聞きたくない! そんな言い方、本当にもう会えなくなるみたいじゃないか!


「だから御願いします。ハーモニー様の御意志を、無駄にしないでやってください。今は、歩みを止めるべきではありません……彼女も言うはずです。本当の意味でフォルトゥナ様を助けてあげてと」


 ハーモニーの……意識を? 何だよそれ。そんなもん、本人に会って聞かないと分からないじゃないか。

 

 頭では、ティア言うことを否定しているが、心のどこかでは理解していた。

 もしかしたら、あの時の「トゥナさんを助けてあげてください」は、その事なのかもしれない……っと。


 ──でも、こんな結末……あんまりだろ? 


 どうしたらいいか分からない。感情的になりすぎているのか? 俺はどうするべきなんだ。


「……悪いティア、少し外に出てくる」


 俺は、この場に居るのが耐えれなくなった。


 説得するティアの視線。


 ずっと黙り混み、今にも泣き出してしまいそうなルームの顔。


 頭の中で、ずっと響いているミコの鳴き声……。


「カナデ様、何処に……」


 ティアの声に一瞬止まりはしたが「大丈夫、ちょっと外の空気を吸ってくるだけだから」と俺は宿の外へと向かった。


 ──考える悩むことから、逃げるかのように……。

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