第238話 悲しい嘘
「──カナデ……元気出すカナ……」
エルフの集落を出た後、ミコの口から何度も聞いた台詞だ。ユニコーン達も心配してくれているのだろう……俺の様子をうかがうように、何度も振り返っている。
「大丈夫だから……心配するなよ」
彼女達の心配は素直に嬉しい。
それと同じぐらい……思い出し泣き出してしまいそうになる。
トゥナ達の元に行く道中、ユニコーン達には大きな負担を掛けてしまうが、俺は寝る間を惜しんで馬車を走らせた。
涙はいつしか出なくなり、喉はカラカラに渇く。
しかしそれは、心の渇きには程遠く、食事や水分さえも喉に通らぬほど、俺は参っていた。
ただ、涙が出なくなって良かった。
心配するコイツらに、何とか愛想笑いを浮かべることが出来るからだ。
そんなことを、一日ちょい繰り返していたのだろうか?
正直、ハッキリとは覚えていない。心ここにあらず……ってやつだったみたいだ。
しかし、目の前にキルクルス町が見えていると言うことは、間違いないのだろう。
町中に入り、トゥナ達が待っている宿へと向かう。
何としても、トゥナを助けなければならない。──それが、ハーモニーとの最後の約束だから!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「──トゥナ、待たせたな! 薬を持ってきたぞ!」
俺は宿屋に戻るなり、ノックも忘れ部屋に飛び込んだ。
そこには苦しそうに寝込んでるトゥナと、看病をしているティアとルームの姿があった。
「本当ですか、カナデ様! お願いです、早く……早くフォルトゥナ様を!」
そう言葉にするティアは、両目に大きなクマを作っていた……きっと心配で、ろくに眠る事も出来なかったのだろう。
「待ってろ! 今出すから!」
マジックバックの中から、エーテルを探す。そして、万が一に中身の入れ物が割れないように、工夫してくれたのだろう。
何枚もの大きな葉を緩衝材変りにしたエーテルの入れ物が、更にもう一枚の袋の中に共に納められていた。
「水差し、水差しを持ってきたで!」
「あぁ、ありがとう!」
俺は入れ物の蓋を開け、水差しに中身を移した。
そして、苦しんでいるトゥナの頭を抱き抱えるように、それを口に当てる……。
すると、むせながらもトゥナは、何とかエーテルを飲んでくれた。
「頼む……効いてくれ!」
俺を含め周りが祈る中、徐々にトゥナの呼吸は落ち着いたものへと変わっていく。
顔色はみるみる良くなり、先程までうなされていたのが嘘のように寝息を立て始めた。──良かった……何とか効果があったようだ。
ティアとルームは、その姿を見て抱き合うように喜び合う。
しかしその光景は、なにか物足り無い気がした……ハーモニーがそこに居ないからだろうか?
「カナデ様……グスン、ハーモニー様……本当にありがとうございます。本当に……あれ、ハーモニー様は?」
喜びの余り、ティアは泣き出していた。
そして、ハーモニーが居ないことにも気づいたようだ。
俺は彼女達に伝えなければならない。
エルフの集落であったことを……。
今の薬が、エルクシルでは無いことを……。
……そしてハーモニーがもう、
──ティアが落ち着いた後、俺は彼女達に一つの事を除き、事の全容を話した。
トゥナの事に関しては、非常に残念そうな表情をしていたが「大丈夫です……時間があるのであれば、私も権限全てを使ってでも、フォルトゥナ様を助ける方法を見つけます」と、前向きな意見を頂いた。
勇者の事に関しても、驚かれはしたが「なんや、そんなの今さらやないか」と軽くあしらわれる。
そして、最後のハーモニーの事だけは、中々切り出せずにいた。
しかし、程なくしてその事も気づかれる事となった。
エーテルと共に手紙が同封されていたようだ。
「カナデ様? 先程の薬を出したときだと思いますが、手紙のようなものが……」
ティアはその手紙を拾うと、中身を確認して自分の口を手で覆った。
まるで、信じられない物を見たかの様に。──きっと、ハーモニーからの手紙なのだろう。
分かってはいたけど、隠せるものでは無いよな?
俺は覚悟を決め、ハーモニーの事も二人に話した……。
二人は俺の話を聞き、驚きを隠せないようだ。
俺が話し終わるまで、言葉を発することはなかった。しかし……。
「カナデ様……確認させてください。ハーモニー様は五年後に……五年後に会えると申されたんですね?」
「あ、あぁ。あの時確かに、こうやって手をつきだして……広げて……」
ティアはそれを聞くと、表情が険しくなった。それを見た俺は、一つの事実に気づいた。
「──言っては……いない?」
そう言えば、ハーモニーの口から五年後とは聞いてない!
エルフは成人するまで里の外に出れないって……。エルフの成人とは、そもそもいくつなんだ──まさか……嘘だろ!?
ティアは俺から視線を背け「カナデ様……エルフの成人は、七十を迎えたときです」っと、唇を噛み締めて答えたのだった。
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