第225話 レクスボアー

「あ、あれが襲撃に来た魔物なのか?」


 こちらに向かってくる魔物に、俺達は言葉を詰まらせた。

 その姿は簡潔に言うのであれば、二足歩行の巨大な豚……。

 前に海上で対峙した、レクスオクトパスにも匹敵する大きさだ。


「──鑑定!」


 ……やっぱりそうか。

 個体名【レクトボアー】あいつもあのタコと同じ、王族種と言うやつか!


「それにしてもボアーって、あれで猪かよ……。普通、人形ひとがたの豚はオークって言うんじゃないのか?」


「カ、カナデさん、オークの外見は豚ではありませんよ? ちなみにソレ、彼らの前では絶対に言わなない事をオススメします~……。タブーですよ?」


 え、そうなの? 


「ぬしら、緊張感がないのぅ……しかし、レクスと言うたか? ……何故今になって魔王の配下となる王族種が現れるのじゃ。想定より遥かに厄介な事じゃの」


 い、今聞き捨てならない単語が聞こえたような?


「キ、キサラギ様、悠長に悩んでる暇は。奴が集落の中に来るのは時間の問題ですよ!」


 確かにレクトボアーは、木々と言う障害物に阻まれても、物ともせずこちらに向かい進んでいるようだ。


「なるほど、確かに急く必要がありそうじゃ。なぁ、響の孫──奏と言うたか? ぬしの頭の上にあるロープを引いてはくれまいか?」


 上を見上げると、滑車に通ったロープがあった。言われた通りに「これですか?」っと引っ張ると、繋がっているロープ先が次々持ち上がっている。


 ロープの先は、どうやら俺達が集落に入った際の入り口付近に繋がっているようだが。──これは……嫌な予感しかしないぞ?


「奏よ、それを何処かに縛り固定してくれ。くれぐれも、解けぬようにな。ダイロンよ、ここに立つのじゃ」


 俺は、彼女の指示に従いロープを固定した。

 そしてキサラギさんは、彼を自分の元まで呼びつけた。


「うむ。ではそこで目を閉じ両の手を挙げておけ。ぬしを入り口まで一瞬で届けてやろう」


「さ、流石キサラギ様です! その様な魔法があるのですね!」っと、彼は馬鹿正直に両手を上げたのだ。──や、やめとけって! 嫌な予感しかしないぞ!


 そうは思いはしたが、俺は口にはしない。

 だって、どうせこの後自分も同じ目に合うのが分かっている。

 それならば、目の前で先に犠牲者の状況を見ておきたかったのだ。


「さぁ、これを掴むのじゃ」


 キサラギさんは何処からともなく、くの字形に曲がった謎の棒を取り出し、ダイロンに持たせた。


「ダイロンよ、死にたくなければ決してそれを離さぬ事じゃ」


「キ、キサラギ様、死ぬとはどういう事なんでしょうか……?」


 時すでに遅かった……。

 キサラギさんは「行ってこい」と無情にもダイロンを蹴り飛ばしたのだ。


「──アアァァァ!!」


 彼は断末魔にも似た絶叫と共に、すごい勢いでロープを下って行きあっという間に見えなくなってしまった。


 こ……この人とんでもねぇ!


 その光景を見た俺は、震え上がった。

 実はこの人、美人エルフの皮を被った鬼だろ?

 命の保証の無いジップラインなんてやってられるか! 見といて良かった。


 ……逃げよう!


 俺は来た道を引き返す為振り向き、音を立てないように歩きだした。

 それに続くように、ハーモニーも俺の後をついてきた。


「ぬしらよ……何処へいくつもりじゃ?」


 ──バレた!?


 俺とハーモニーは足を止め、キサラギさんの顔を見た。

 俺達を見つめるキサラギさんの笑顔が狂喜がかってみえる。


「別にわっちは構わんぞ? 大切な仲間とやらを助けたくなければ、何処へなりと行くが良い」


 こ、この人、人が断れないのを分かっててそれかよ!

 ……どうやら覚悟を決める必要があるようだ。この人、さては楽しんでるだろ?


「わ、分かった……自分のタイミングで行くから、さっきの棒をくれ」


 人が豆粒のように見えるこの高さから、さっきみたいに落とされたらトラウマになる! それだけは阻止しなければ。


「すまぬ、それは後二本しか残っとらんのじゃ。ハーモニー、そやつに抱きついておけ」


「──おい、なんでだよ!」

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