第222話 キサラギ
──しまった、体勢を崩された!
【帯刀流剣術 鞘鳴り】相手の剣撃を傾斜のつけた鞘でいなし、攻撃方向を変え無力化した隙に追撃する技だ。
……じいちゃんが得意としていた技のひとつを、何故この人が!
──って今はそれどころじゃない!
「ぬしよ……背中がすいておるぞ?」
──崩れた体勢を直し、攻撃を受けたり避けたりでは遅すぎる!
俺は崩れた体勢のまま、自ら前屈みに倒れた。地面に手を付け体を支え、コンパスの様に体を捻り、着物の美女の振り下ろす手に向かい蹴りを入れた。
俺の蹴りは、着物の美女が剣をもっている手に当たり、彼女は剣が手から離れ遠くに飛んでいく。
彼女も予想していなかったのだろう……壁に刺さった自分が持っていた剣を見つめ、驚いているようだ。
「──動くな! あんた、その技を何で知っている!」
すかさず剣を構えた俺は、驚きの表情を浮かべている着物の美女に鞘が付いたまま剣を向けた。──ヤバかった……じいちゃん程の鞘鳴りだったなら、反撃することもままならなかった。
「言え……言わないと酷い目にあわせるぞ?」
この時俺は、どうやら言葉選びの選択を誤ったようだ。
「──カナデさん! キサラギ様に何をやってるんですか!」
俺の体に何か紐の様な物が巻き付いてきた。
声がした方を見ると、ハーモニーがユグドラシルを伸ばし俺の体を掴んだようだ。
「ハ、ハーモニー! 落ち着け、見てただろ? 俺は何も悪く……」
「──問答無用です! 私の前で如何わしいことはさせません!」
ユグドラシルは波を打つようにしなり、波が縛られている先端まで到達すると、俺は軽々と宙に舞ったのだ。
「──な……何でだよぉ~!」
木造の天井すぐ近くまで飛ばされた俺は、抵抗のすべもなく床に落とされた。──こ……今回は何もやらかしていないのに。
「──ぬしは……
キサラギと呼ばれた着物の美女は聞き捨てない単語と共に、地べたで潰れた蛙のようになっている俺の様子を、上から見下ろした。
「な、なんであんたが、じいちゃんの事を知ってるんだよ……」
「知らぬ訳がなかろう……わっちは響──勇者に救われ、共に世界を歩んだ者の一人じゃ」
は? この人は一体何を言っているんだ?
「──じ、じいちゃんが……勇者──?」
「勇者の情報は極秘とされておるが故、知らぬのも無理は無いか……しかし、どうやらおぬしには知る権利があるようじゃ。帯刀響──ぬしの爺様であろう? 魔力の質がよう似ておる……通りで間違えてしまう訳じゃ」
同姓同名……って事は無いよな? いや、鞘鳴りを使えるのはじいちゃんしかいないはずだ、だからと言って。
「響は……息災かの?」
この人が言ってることに理解は出来ないし、納得は出来ない。
ただ、帯刀の剣技は
彼女がこのタイミングで響きの名前を出した以上、じいちゃん以外の使い手は考えられない……。
それを知っていると言う事は、彼女がじいちゃんと出会っている事を示しているのだが……。
どちらにしてもこの事が事実だとしたら、長年待ち続けて居たと言っていたこの人に、俺は事実を伝えなければならない。
──それは、残された肉親……俺の役目だろう。
俺は、キサラギさんの光のない目が何かをすがるかの様にも見えた。
「……じいちゃんは、死んだよ」
「──っつ! そうか。すでに亡き人となっておったか……そうかそうか」
キサラギさんは一瞬、泣きそうな顔をするものの「それも……そうやな?」っと納得したみたいだ。
この世界での勇者の伝説、それは二百年以上前の話。
彼女も、普通の人間であるじいちゃんが、生きているとは端から思っていなかったのかもな……。
「長くいきるというのも、良い事ではないな……知人が居らんくなるというのは、いつまでも慣れんものじゃ……」
強がりなのだろうか? キサラギさんは、寂しそうにも見える笑顔で俺に微笑みかけた。──この人はすごいな……俺は簡単に受け入れることが出来なかったのに。
「──自己紹介がまだであったな。わっちはキサラギ……ぬしの爺様から授かった名じゃ。今は【エルフの国、元老院の一角】とされておる。今は隠居中じゃがな?」
「俺は帯刀 奏。……響の孫で、最近訳もわから召喚されたん……です」
俺の挨拶に笑顔を見せ、右手を手招きするかにように振った。──何て言うか……凄い美人なのに仕草がオバサンみたいだ。
「敬語はよせ。響きの孫と言うなら、わっちの孫も同然じゃ」
ってことは、キサラギさんは俺のおばあちゃんかな? っていや……それは違うだろ。
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