第216話 星魚

「──すごいな、ユニコーン達が……馬車が水面を走っているのか?」


 見た目にはそうは見えないのだが……そこだけ浅瀬にでもなっているかの様に、ユニコーン達は水面をけり進んでいる。

 空を写した水面を蹴る……。それはあたかも、紅く染まった空をかける天馬の様にも錯覚した。


「フッフッフ~驚きましたか?」


 何故かハーモニーが得意気な顔をして、悪戯っ子の様な笑顔で微笑みかけてきた。


「このまま走れば、何とか日が落ちる前には陸地に着けるかもしれませんね」


 んっ……何とか? まだ夕日があんな高いところにあるのに日没の心配か?


「日が落ちる前って……そんなにも距離は無いだろう?」


 目の前の陸地まで、見たところ数キロメートル程だ。ユニコーンの足の速さなら、楽々日没までには陸地に着けるだろ?


「そう見えるかもしれませんが、実は鏡の様な水面を利用して、遠近感を狂わせる魔法が張られいるのですよ~」


 ──そ、そうなのか!

 言われてみれば、それなりに走ったはずなのに近づいた気がしない……。

 もしかして目の前に見える森は蜃気楼の様なものなのだろうか? まるで、残心みたいだ。

 確かに、走れど走れど陸地に近づかない。ハーモニーが知っていなければ、此処まで来たとしても不安になって戻ってる所だな──。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──あれから、どれぐらい走らせてるだろうか?

 いつしか夕日は、その顔のほとんどを隠してしまった。

 ハーモニーは「あと少しですが、日の入りまでにつきませんでしたね」と苦笑いを浮かべる。


「日が沈んでも、大丈夫なものなのか?」


「はい、目印を見つけることが出来ましたので。大丈夫ですよ、無事陸地までつけますから~」


「あぁ……頼りにしてるよ」


 それだけ言うと、俺は不意にユニコーン達の作り出す波紋で波打つ水面を見つめた。


「星が出てきたみたいだ……」


 水面は波紋に揺られながらも、鏡の様に夜空を写し出す……。

 夕日で照らされていた空は闇を身に纏い、星々のアクセサリーで自らを飾り付け始めた。


「それじゃぁ~あれが始まるかもしれませんね?」


「あれ? あれって何だよ……」


 ──するとその時、馬車の前方で水面から突如、何かが飛び出してきたのだ!


「魔物か!」


 美しい景色に油断していた!


 俺は御者席で慌てて蹲踞そんきょの姿勢を取り、無銘に触れた。


「ち、違いますよカナデさん~! あれはただの魚です~」


「──さ、魚?」


 言われてみれば、この世界の魔物にしては小さいな……。今まで会ってきたのが大きかっただけかもしれないが。


 水面から跳ねる魚は、一匹、また一匹と次々増えていく。


「これが魚……姿にも驚きだけど、よくこんな塩分濃度が高い湖で良く生きてるな?」


「一般には、この魚は知られていないかもしれませんね? 誰が名付けたかは知りませんが……あの魚の名前は星魚ほしうおと言います。極端に塩分が高くないと生きられなく、星の見える夜になると、あんな風に跳び跳ねるのです~」


 生き物が生きるには厳しい環境のはずなのに……それでも環境に合わせ、進化した魚なのだろう。

 それに気になることに、体が鏡の様に反射している? 保護色の一種なのだろうか……形が判別しにくい!


「ぶつかりそうになったら払い除けてくださいね? 当たると、結構痛いですから」


 星魚は、俺達の上を大きく跳び跳ねて越えていく……。星空を写し出す、魚のアーチの様だ。


「綺麗だ……みんなにもにも見せてやりたかったな」


 ただの魚のはずなのに、星空を写し出す姿に見とれてしまう。

 少し違うが、無理にでも例えるのであれば今見ている景色は、星々の万華鏡言ったところだろうか?


「カナデさん、岸が見えましたよ!」


 馬車は岸に上がりすぐ立ち止まった。しかし、背後では星魚は止まること無く飛び続けている。


「なぁ、ハーモニー……いつかさ、皆ともう一度見に来ようぜ」


 俺の言葉に、ハーモニーは少し寂しそうな笑顔を向け星魚を見つめた。

 普段の幼い彼女からは想像することのできない、その悩ましい雰囲気は、知らずと俺の心を惹き付けていたのだ。

 

「……塩湖の中でしか生きられない魚。届かぬと知っても、諦めず星に手を伸ばそうと飛び続ける。確かに、とても美しいですよね~。あの子達は凄いです……」


 回答とも言えない台詞を呟くと、いつもの笑顔で俺を見て「また、皆でこれたらいいですね~!」っと、ハーモニーは微笑みかけてきたのだった。

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