第197話 シンシと名乗る聖剣の過去1

 ──僕は名も無き聖剣……と言っても、未完成、もしくは失敗作と呼ばれている。

 意思は持ってるけど実体化することが出来ない。

 沢山、沢山の月日を、ラクリマのり人の一族に見守られ、管理されてきた一振りの剣。


 元々僕は何百年もの昔、魔王討伐のため打たれた聖剣の一振りだったらしい。

 失敗作故に、勇者が真なる聖剣を失った時の、ただの予備……。


 そう、僕は姿も無く、感情さえ無いと思われている、そんな未熟な武器の精霊。

 ただ最近、そんな僕にも劇的な変化が訪れた。

 なんと、心を通じ合わせることができる、友人が出来たのだ──。


「──シンシ~、その部屋には入っては行けないと言ったでしょ? あまり明け閉めすると、その剣がダメになっちゃうのよ」


 声の主は、シンシと呼ばれた少年の母。

 聖剣の守り人の一族に生まれて、僕の友達を生んだ母。


 シンシは良く彼女の目を盗み、僕が保管されている物置に忍び込む。

 

 マジックアイテムであるこの部屋は、開けている間は外気が侵入するためか、効果がほとんどなくなってしまうらしい。難しくて、良く分からないけど……。


 でも僕は毎日のように、彼がこの部屋に来ることを楽しみにしていた。


 永遠にも思えてた孤独。

 それは自分が錆び、朽ちてなくなってしまうかもしれない。

 それでも、その方が良いと思ってしまうほどに、僕は深く悲しみを感じていた。


 シンシが僕に触れてくれて、会話が成り立った事──それが何れだけ僕の“心”を救ってくれたことだろうか。


 何日も、何十日も、彼はこっそり僕に会いに来てくれた。そしていつも母に見つかり、怒られるのだ。


「シンシ、お母さん何度もダメって言ったでしょ?」


 いつもは「ごめんなさい……」と謝るシンシ。

 しかし、この日は違った──母に怒られても彼は必死に食い下がったのだ。


「この子が……寂しがっているノ」と……。


 僕は心を打たれた。

 例え誰かに作られたかもしれない、偽物の心でも、この子の……シンシの力に絶対なるんだ! その時、そう心に決めた。


 その様子を見てなのか。シンシの母は、物置の扉を大きく開いた。


「その剣を持って出てきなさい。管理の仕方を教えるから、毎日欠かさず手入れするのよ?」


 彼女は笑顔でそう言うと、振り向き別の部屋に歩いていった。


「うん……ありがとうネ、ママ!」


 シンシは、僕を抱きしめ物置の外に出た。

 何れぐらいぶりなんだろう。十年? いや百年?

 倉庫の外は、僕が知っている世界とは全く異なっていた。


 人の笑顔が住まう、暖かな部屋。窓からは日の光が差し込み、優しくすべてを照らし出す。


 当時の僕が知っている濁った空や、最低限、雨風を避けられるだけの家ではない。

 たったそれだけの事が、僕には特別に感じられた。


『ありがとう……シンシ……』


 僕は、心のそこから友人に感謝の言葉をのべた。


 ……しかし僕が外に出た、それが間違いだったのかもしれない──。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「──おい母さん! 急いでシンシを隠すんだ!」


 玄関の扉を激しい音と共に開け、一人の男が家の中に入り込んできた。


「あ、あなたどうしたの? 急に大声をあげて……」


 入ってきたのは僕の友人の父だ。

 いつもは温厚で優しい彼が、今は恐ろしい形相で頭を抱えていた。


「何処から情報が伝わったのか分からないが……。シンシと聖剣を狙って、大勢の賊が来てるらしい。しかも、かなりの手練ればかりだ……」


 僕とシンシを狙って……? 誰が、何のために?


「どうして聖剣の存在がバレたの! 誰も知らないはずよ?」


「分からない! でも、次々とみんな尋問され、殺されている……。聖剣と、その持ち主は何処だって。ここに来るのも時間の問題だ、俺はここに残って食い止める! お前はシンシを隠し部屋に!」


「そんな、事が……なんで……」


「早くしろ! 奴等はただの賊じゃない。恐ろしく統率が取れている。多分何処かの国の……」


 その言葉を聞き、シンシの母は頷いた。


「シンシ、こっちに来てちょうだい!」


 シンシの手を引き、僕が置かれていた物置まで来た。荷物の下の板を外すと、ソコには子供一人分程の入り口が現れた。


「ここなら見付からないわ……。見付かったとしても、置くまで行けば、普通の大人は入れないはず。絶対に出てきてはダメよ?」


 僕とシンシを、無理やり通路に押し込みシンシの母は入り口を閉ざした。


「嫌だヨ! 僕も戦う!」


 シンシは必死に扉を何度も叩き、押し……開けようと試みる。

 しかし、それは叶わなかった。もしかしたら、上に荷物でも置かれたのかもしれない。


「お母さん……お父さん……」


 シンシは、入り口を開けるのを諦めたのか、涙を流し手を握りしめるのであった。

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