異世界に降り立った刀匠の孫─真打─

第１９６話 決着

　新技の名前を叫び、黒のマジックバックに無銘が触れないよう、俺は抜刀をしながら踏み出した右足を一歩下げる。

　鞘から抜かれた無銘は光を纏（まと）い、眩しい閃光が切り上げる様、振り抜かれた。

「──な、なんでなんだヨ？　攻撃がマジックバックを抜けて……」

　シンシの右手、腹から首の横を三メートル程の薄い光の刃が通過し、通った部分を瞬く間に両断したのだ。

「知らなかったのか？　マジックバックは、命の無い物体しか、出し入れすることが出来ないんだよ……」

　シンシの切断部位は、重さで上部と下部がゆっくりとずれて行く。

「灯心　直刃。刃の様な光の集合体を瞬時に伸ばし、多大な熱量で相手を焼き斬る。これが俺の切り札だよ、シンシ……」

「カナデ……兄ちゃん。ミコ……姉ちゃ…………」

　彼の言葉は最後まで語られることは無く、シンシの肉体は上下二つに別れる。

　そして地面に鈍い音を立てゆっくりと崩れ落ちた……。

　本体と肉体を何とか分断できた……。これで、シンシを無力感出来たはずだ。

　思考と共に、俺は地面に膝をついた。

　魔力を使いすぎか？　それに、体からは思ったより血が流れている。

『カ、カナデ！　大丈夫カナ！』

　あ、あぁ何とかな？　これで何もかも解決のはず。

　──しかし、俺のその考えは浅はかだった。

『カ、カナデ！　シンシがまだ動いてるカナ……』

　視線をシンシに戻すと、斬れている腕はロングソードを握ったままとなっており、その焼けた切り口を突き抜けるように魔力の糸が何本も飛び出た。

　そして肉体を探すかの様に、ウネウネと動き出す。

「終わったんじゃ……無かったのか？」

　俺は立ち上がり手を伸ばした。本体と手を離すことが出来れば、止めることが出来る……そう思ったからだ。

『カナデ！　危ない、やめるカナ！』

　ミコが危ないと言うように、魔力の糸は意思を持って俺の腕に絡み合う。そして、俺の腕の中に入ってこようと、皮膚を突き破ろうとしてきたのだ。

「──くっ！」

　慌ててそれを振り払い、距離を取った！──くそ、これじゃあ触れることも出来ないじゃないか！

　時間がない……俺は必死で思考した。

　このままほかって居たら、あの糸が肉体を見つけ出し修復されるのは間違いない。

　そうしたら、今の俺の状態では確実に勝てない。

　糸を斬り続けるか？　魔力で出来た、あのいくつもある糸をずっと……でも、他に手が……。

　ろくな案も浮かばないまま、俺は見届けることしか出来なかった。

　そんな満身創痍（まんしんそうい）な俺を、無銘の中から見てたのだろう。ミコは念話で、予期せぬ言葉を発した──。

『──カナデ。シンシを……あの剣を斬るカナ！』

　ミコ、何を言って!?

『もう十分カナ……。カナデも沢山傷ついてるシ、他の人も沢山怖い思いをしてるカナ。シンシだって……きっと、あの肉体の怨念に縛られてるだけだシ。ボクには分かるモン。だって、ボクはシンシのお姉ちゃんカナ！』

　魔力の糸は肉体を見つけ出し、ずりながらもお互いを近づけていく。──チャンスは今しかない……。ミコの決意を無駄に出来るわけもないだろ。

　重く感じる足を引きずりながらも、シンシ本体のすぐ近くまで歩みを進めた。

　ミコ……すまない。みんなで一緒にって約束、守ることが出来なかった。

『いいカナ……。カナデ頑張ってくれてたの、ボク知ってるし。ずっと、ずっと見てたカナ……』

　息を吸い込み、腰を落とし抜刀の構えを取る。今この状況を一時も忘れぬよう、目を見開き必死に記憶していく。

「すまない……シンシ」

『カナデ……お願いカナ。シンシを……ボクの弟を楽にして！！』

　息を止め、無銘を引き抜く。

　その刹那、世界がまるで時を止めた様に静止した。

　視界はモノクロに映り、脳裏に焼き付けられる……ミコの悲痛な叫びと共に──。

　結末は──いつも虚しく呆気ないものだ……。

　目の前には、俺の手により分断された、シンシの本体がその場に横たわっていた。

　固いものを斬った感覚が手に残る。

　今後も忘れないだろう……それは、俺が紛れもなくシンシを斬った事実であった。

　動いていた魔力の糸は力無く動きをとめ、その姿を見た俺は地面に膝をついた。

　──終わった……最悪の結末だった……。

　頭の中では、ミコが涙している。

　俺は無銘の中にいるミコを抱き締めることも出来ずに、ただただ、自分の無力さに落胆する事しかできなかった……。

『──カナデ……見るカナ。シンシが……シンシナがお礼言ってるカナ』

　斬られた剣から、少し、また少しと光が溢れ出す。それは徐々に大きな輝きとなり、空へと登っていく。

「こ、これ一体……」

『シンシの魔力……命カナ。魔力は記憶と思いの設計図……きっと、神様の居る場所に戻るのカナ』

　視覚化されるほど濃い魔力は、ゆるりと空へと登り、徐々に曇天に穴を開けたいく。

　シンシが操っていたゾンビ達からも、同じように光が抜け空へと帰っていく。

「なぁミコ──聖剣って俺でも作れるのか？」

『分からないカナ……。でも、カナデならきっと、出来ると思うシ……』

　確信もなにもないが、魔力が記憶の設計図であるなら、それを集めることが出来たらもう一度シンシに会うことが出来るかもしれない。

　異世界だ……そんな可能性が残ってても、おかしく無いだろ？

「ミコ、待っててくれよ？　いつか、俺がシンシを……本物の聖剣を打ってやるからな」

　雲の切れ間からは光が差し込み、無数の天使の梯子（はしご）が地上に掛かる。

　俺は、その場にうつ伏せに倒れ込み、今は亡きシンシを握りながら、少しだけ寝ることにした──。