第170話 トレント 討伐

「あぁ──正解だよ!」


 俺に声に振り向くハーモニー。しかし、その顔は明らかにご機嫌斜めのようだ。


「ひどいですよ、カナデさん……。本人を目の前に、弱点に『正解だよ!』なんて言うなんて~!」


「分かった! 悪かったから、前見ろ!」


 確かに失言だったかもしれない。しかし、戦闘中に余所見って……どれだけ緊張感が無いんだよ!?


 前を向き直ったハーモニーは「ふぅ~。私、怒りました! 全力で行かせて貰いますよ!」と、何かしでかすつもりらしい。


 ユグドラシルを手元に戻す彼女は、ルームをその場に残して、数歩後ろに下がった。


 深い深呼吸しんこきゅうの後、ゆっくりと右手を動かしていく。その手の動きは、まるで空に昇っている満月の様に……。


「あ、あれは……ぐるぐるパンチ?」


 ハーモニーの行動に、俺は驚かされた。彼女は、自身の右手を大きく回し始めたのだ。──まさか、異世界であれを見ることになるとは……。


「カ、カナデ君。ハーモニーは何をやってるの?」


 トゥナが疑問に思うのは最もだ。あの動きは恐らく、どの武術の流派にも属さないものであろう。


「あれはぐるぐるパンチって言ってな? 俺がいた世界でも最強とうたわれるほどの技なんだよ……」


「そ、そうなの? 知らなかったわ……」


 ──信じちゃった……。


 ま、まぁ~子供の間では、ある意味最強だったかもな? 


「カナデ様……フォルトゥナ様に、変な嘘教えないでください。そう言う顔をしているときは、嘘か冗談ですよね?」


 ティアに見透かされた俺に、トゥナの厳しい視線が刺さる。俺は、笑ってごまかすしか出来なかった。


「はぁ~カナデ様、よく見てください。先端の刃が回っているのが見えませんか?」


 ハーモニーの手元を見ると、確かに武器を握っていない。

 光のロープで宙ぶらりんの状態で、刃物その物を回転させているようだ。


「マジックアイテムの使用など、精霊様をかいさないず魔力操作を行うのは非常に難しく、イメージの力が重要なのです」


「あの手のグルグルは、刃先を回すのをイメージしているってことですか?」


 俺の発言にティアがうなづく。──まさか、理由があったとは……。


「私の見解では、そうだと思いますけどね。ただ、それだけではないようにも見えますけど……」


 俺は更に目を凝らし、ハーモニーの右手をよく見た。

 腕輪からは、光のロープが次々と飛び出しジャマダハルを掴んでいく。

 そしてどんどん捻り、束ねられ。光のロープは太いものに変わっているのだ。


「ルームさん、避けてください~!」


 ハーモニーは掛け声と共に、後ろに下がったぶんの距離を助走距離として利用し、勢いよく拳を突き出した。


「もうちょっとはよ言いなや! モエニア閉じろ!」


 盾が閉じるとほぼ同時に、ハーモニーから射出された刀身は、回転を加えながらも先程より圧倒的な早さで飛んでいく。


 トレントは本能で危険を感じたのか、次々と根を伸ばしハーモニーの一撃を防ぐために防御に転じる。


 ユグドラシルの一撃は、トレントの根に防がれたようにみえた……。

 しかし! 一本、また一本と根を千切りながらも、前へ前へと進んで行っのだ。


「──貫いて下さい~!」


 守りに回された根は、ハーモニーの攻撃に耐えきれず、チリチリに千切れ飛ぶ。

 トレント防御を貫いたユグドラシルは、本体に向かって真っ直ぐと飛んでいった!


 守るすべを失ったトレントに、回転している刃が刺さるものの、根の盾に阻まれ、回転が弱まったのだろう。

 彼女の攻撃は、惜しくもトレントに刺さっただけで、回転は止まってしまった……。


「止まった……倒しきれなかったの?」


 トゥナがレーヴァテインを抜き、走り出そうとしたその時だ。


「──いえ、まだですよ~!」


 ハーモニーは掛け声と共に、腕をしならせた。光のロープは波を打ち、その波は手元から先端に打ち寄せる。


 先端に届くと同時に、何本かの光のロープが外れた。


「──二重構造!」


 俺はつい興奮して声を上げた。ハーモニーは恐らく、捻った光のロープの上から更にもう一重ロープを被せていたのだろう。

 

 ハーモニーの魔力操作による力と、捻られたロープが真っ直ぐに戻ろうとする力の二つが重なりあい。再びユグドラシルは回転を始めたのだ。


 トレントの体に当たっている部分が、ドリルで削られるようにえぐれ、悲鳴と木屑を出していく。


 魔物幹を、半分ほど穴を空けただろうか? トレントの枝が力なく垂れ下がり、バキバキと音を立て、折れていったのだ……。


「ハーモニー様の勝利ですね」


 ティアいわく、今のでトレントが退治できたらしい……。


 ハーモニーは初めての勝利に喜び、近くのルームに飛びかかり抱きついている。──余程嬉しかったんだな?


 俺は、その光景を微笑ましく見ながら、マジックバックからノコギリを出し、トレントに近づくのだった。

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