第160話 続 ティア過去話─ティア視点─

 ──私は彼の言った意味を、理解することが出来ませんでした。

 それはそうでしょう。今まで忌み嫌われ、距離をとられ、陰口を叩かれ、石を投げらる……そのような、人らしからぬ生き方をしてきたのです。


 このように、誰かから自分を、自分の能力を認められたのは、母以外初めてだったのですから。


 不安に刈られ動けずいた私に、彼は手を差し出すことを止めませんでした。


『最後にもう一度……もう一度だけ、誰かの手を取りたい』


 ずっと寂しかったのです……。どちらにしろ、地獄の日々だ。それならと、彼の手を取ることにしました……。


 それを期に、私はギルドで働き始めました。給料は支払われ、衣食住の心配もない。

 今までの事を思えば、それは十分幸せでした。


 ──ただ、一つを除いては。


 混血による差別。それだけはギルドで働き始めても、変わらなかったのです──。



「カナデ様、聞いてますか? ずっと視線が下がってますよ!」


「あ、あぁ~すみません! 考え事をしていて……」


 彼はそう言うと、分かりやすくおどけて見せたました。──カナデ様は私の話に、興味がないのでしょうか……?


 私はそんなことを考えながら、つい口を尖らせます。──まぁ良いでしょう! これからが良いところです! 必ずカナデ様もイチコロです!


「もう~しっかり聞いてくださいね?」といいながら、次のページをめくりました。



 ──ギルドに入ってから約三年。私が十六歳になった年です。


「──ってぇな! 混血! どこ向いて歩いてるんだ!」


 私は相も変わらず、ギルドでいびられておりました。

 

 次々と魔物の生体を新発見をしていく私は上からある程度の評価を受けており、周りの者はそれが許せなかったのかもしれませんね? 

 この時も、向かいから来る職員に当たらないよう隅に避けたのですが、彼は自ら当たりに来たのです。


「……」


 私は資料を床に落とし、黙ってそれを見ていました。謝っても無意味、反論しても周りがそれを許さない、落ちている書類を拾ったところで、また落とすことになるのが目に見えていたのです。


「おい、黙っていないでなんとか言えよ!」


 職員の男は、私のボサボサの髪を掴みました。殴る蹴るで、跡が残ることを避けたのでしょう。


「……」


「いい度胸だな……? これだけしても声も上げないのか? ならこの汚い髪、引きちぎってやるよ!」


 好きにすればいい……その時の私はそう思っていたと思います。しかし、その時でした。


「──止めなさい! 貴方、女性の髪をその様に……最低ね!」


 あらわられるはずが無いと思っていた助けの声に、驚き視線で正体を追いました。

 しかし、助けに入ったのは年端も行かぬ少女だったのです。


 私はその少女に──危害が及ぶ事を恐れました!


「私はいいですから……貴方は何処かに行きなさい……」


 本心は藁にもすがりたい気持ちでした。

 ただそれで、この子が怪我をしたら私は自分に流れている血だけではなく、自分の心も呪ってしまう……そう思ったのです。


 少女は私の言葉を聞き、後ずさりをしていきました。

 良かった……彼女は怪我をしなくて済む。そう思った──その時です!


「──良い分けないでしょ!」


 少女は私の髪をつかんでる男に、飛びかかり両足で同時に男の顔面を蹴りました……。

 男はその一撃に飛ばされ頭を打ったのか、意識が飛んだようでした。


「──じゅ……獣人?」


 彼女が被っていた帽子は、蹴りの勢いで落ち、その下からは獣の耳が顔を出したのです。──あの年で今の運動神経、なるほど納得ですね……。


 私の声が聞こえていたのでしょう。彼女はそれに答えるように「いえ、ハーフよ!」と胸を張り声に出した。


 ギルド内は今の出来事で騒然となりました……。中に居るほぼ全員が私達と、それを取り巻く状況に目を向けているのです。


 そして口々に「おい……ハーフだってよ」「嫌だわ、だから混血は」等のどよめきが起きました……。


 私は、自分が引っ張られた髪より、彼女が侮辱されていることが辛かった。

 身を呈して守ってくれた、こんな幼気な少女が何故、このような言葉をかけられないといけないのだ? っと……。


「──ねぇ? 話は聞いていたわ。お姉さんもハーフなのよね?」


 彼女が私に話し掛けてきました。その時の私は、彼女に返事を返すことも出来ませんでした。


「貴方はどうして俯いてるの? そんな暇はないでしょ? 私達ハーフは」


 彼女の言葉に動揺してしまいました。少なからず今を受け入れていた自分に、私自身疑問を覚えていたのでしょう。


「良いわ、自分で動き出せないならもう少し我慢してて。私がいつか必ず、貴方たちを救ってあげるわ。この──命に掛けて!」


 彼女は一言、世迷い言だけを残し私の前から去っていきました。名前を名乗ることもなく……。


 彼女の言葉に、私は自分が恥ずかしくなり、同時にとても頭に来ました。同じ混血でも、彼女と何故ここまで違うのかと。


 私は自分の権限を……能力をフルに使い、彼女の個人情報を何とか入手する事に成功しました。


 言うまでもないと思いますが、その少女がフォルトゥナ様だったのです。

 調べると、彼女は王族でした……。その時は育ちが彼女を助け、あのような発言ができたんだなと、軽く考えました。


 しかし──彼女を調べれば調べるほど、自分の浅はかさを身に染みて感じることになったのです。

 

 身を裂いてしまうのでは? と思うような噂や暴言、誘拐や犯罪に巻き込まれること数件。暗殺者を差し向けられること四件。親族による毒物混入事件……一件。


 そして今は籠の鳥のように、国王の名で城に閉じ込められていると知ったのです……。


「俯いている……暇もない……ですか」


 私はボロボロの髪をとかし、身だしなみを整えました。

 次、彼女と出会うときに、胸を張って堂々と顔を見せれるようにと──。



「懐かしいですね。いま思えばフォルトゥナ様が勇者のように……と固執するのは、彼の成し遂げた偉業の様なものを、御自身も成し遂げたいと思っているからなのかも知れませんね」


 私は最後のページを閉じ余韻に浸りました。

 彼女の作り出す未来に、思いを馳せるように……。


「これが私とフォルトゥナ様の馴れ初めです。どうですかカナデ様……? 聞くも涙語るも涙のお話で……」


 目の前を見ると、驚くことにカナデ様は腕を組ながら目を瞑っていました……。


「カナデ様──起きてください!」


「──痛えぇ!」


 私はつい、読み聞かせていた本の背表紙でカナデ様の頭を強打してしまいました。──あ! 本が傷んでしまいます!


「カナデ様、こんな感動的な話を聞いててよく寝れますね!」


 そういいながら、私は三冊目の本を手に取りました。気のせいでしょうか? カナデ様の顔色がみるみるうちに青く……気のせいでしょう、えぇ。


 そしてこの後も、私は日が昇るまで私はカナデ様に、フォルトゥナ様の素晴らしいところを語ったのでした。

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