第140話 馬じゃないよね?
鍛冶屋から帰った俺達は、宿でトゥナと合流した。
その後、次の冒険のための買い出しと、夏着を持っていなかったハーモニーの服を買いにいったのだが。
いや……その話はいつか時間のある時に語ろう。
今はそれより、目の前で起きている大事件が優先だ。
「カナデ君……涎でてるわよ?」
「あ、あぁ……悪い……それよりティアはまだ帰ってこないのか?」
俺達は今、夕食を前にしてティアの帰りを待っている状態だ。
いつもなら食事を待つなど、なんてことないのだが今日は一味違う。
目の前に準備されている夕食は、なんとパエリアだったのだ!──米だよ米! タイ米みたいだけど日本人ならやっぱり米だよな!
パエリアに釘付けになっている俺を、トゥナとハーモニーが見て笑う。
「もぅカナデさん、ミコちゃんみたいですよ~?」と、俺のマジックバックを指差すと、涎で椅子と床を湿らせるミコの姿が見えた……。──え? 俺……こんなひどいの?
「いつ戻るかわからないし、先に頂いちゃいましょうか?」
「トゥナンわかってるシ! 流石カ──ムグゥ」
大声で喋り出すもんだから、俺は慌ててミコをマジックバックに押し込んだ。──お前は、自分の立場もちょっとだけでいいから分かってくれないかな?
そこはかとなく、バックからミコの抗議の声がするので、急いでパエリアを入れ物に装い、マジックバックに詰め込んだ。すると、抗議の声はピタッと止まったのだ。──チョロい……。
そして俺も、手を合わせて「頂きます!」と、この出会いに感謝をした。
見た目は海鮮のパエリア。海老や貝などの魚介類がちりばめられている。──味付けはトマトベースだろうか?
皿に装い、スプーンですくい口に入れた……。
予想した通り、トマトベースだ! しかしそれだけではない……玉ねぎのようなほのかな甘味に魚介類の旨味も感じられる。
そして、米を噛む程に旨味と甘味が広がっていく……。
まるで、口の中が幸せに包まれているようだ!
「皆様……ただいま戻りました……」
俺達が食事を楽しんでいるところに、ティアが肩を落としながらやってきた。
「おふぁえり! さひにごふぁん、いたらいてるから……モゴモゴ」
「カナデ君……分からないから、口に入ってるものを飲み込んでからお話ししましょ? ね?」
子供をあやすように注意するトゥナを見て、ハーモニーが腹を抱えて笑う……。──確かに少し行儀悪かったな……しかし、美味しいパエリアが悪い!
その光景を見ても、浮かない顔をして席につくティア。──おかしい、いつもならトゥナを見て尊い……っとかいいそうなものなのに。
俺は口に入っているものを飲み込み「どうしたよ? 珍しく元気ないけど、何かあったのか?」と、心にもない心配の言葉をかけた。
「荷馬車の馬の件ですよ……何れだけ探しても簡単には見つからなくて……」
そう言えば、昨晩の打ち合わせでもそんなこと言っていたな?
「それなら仕方ないし、乗り合いの馬車を探したり最悪徒歩とかでもいいんじゃないか?」
せっかく手配してもらって悪いけど、馬のいない馬車ならお荷物にしかならないしな。徒歩の方が幾分かましだろう。
「そうしたいのは山々なんですけど……なにぶん王命ですので、ギルド職員がなんとか持っていってくれ! と泣きついてきてるんですよ……」
え、なに ? トゥナのお父さんって暴君か何かなの?
トゥナの顔を見ると、いつものポーズで呆れ返っているようだ……。
「じゃぁ、ばらして資材にしてマジックバックに詰め込むか?」
「いえ……その事でなのですが、エルピスにギルドから捕獲依頼を持ってきました」
捕獲って……今さら馬を捕まえたところでどうにかなるものなのか?
ハーモニーの顔を見ると彼女は首を左右に振る。──駄目みたいだ。
「ティアさん。野生のお馬さんを調教して乗りこなすのは、一日二日で出来るものじゃないですよ? 二、三ヶ月は掛かります。それが馬車とのなれば、その倍は見てもらわないと~……」
やはりそうだよな、野生は飼い馬と違って、人と慣れるところからスタートだからな……。
「もちろん分かっております。しかし、私はこれに可能性を見いだしたのです!」
その言葉と共に、一枚の依頼書が出された。俺はそのクエストの内容を恐る恐る読み上げていく……。
「湖の浅瀬に、最近現れるようになったユニコーン捕獲手……って」
俺達はどういうことだよ! といった顔でティアを見つめた。
しかし、彼女はその視線をどう勘違いしたのか、その豊満な胸を張りどや顔をするのであった。
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