第139話 研磨 鋳造
再び握られた火箸で、閉じられている炉の扉を開いた。
目の前には轟々と音を上げ、万物すべてを燃やし尽くしそうな、銀色にも見える炎の海が姿を現した。
火箸を目の前の銀色の世界に差し込み、中から金属の入った入れ物を探し出しす。
それを引き出し、先程のように俺とルームの二人掛かりで確りと持ち、鋳型の前に移動した。
「よし……いくぞ!」
滴る汗が、地面に触れると同時に蒸発する……緊張の一瞬だ。
俺達の後をついてきたルームの母は、入れ物についている灰を擦り、息をかけ吹き飛ばす……。そして、火箸を使い入れ物の蓋を開けた。
その中から赤々と燃えたぎる、粘り気のある液体が姿を現したのだ。
扱いなれた今までの鉄との違いに 、つい目を取られてしまってしまった。
「──兄さん、急いで移すで!」
「あ、あぁ!」
完全に見とれていた……。
俺達は二人で、なるべく溶けた鉄を溢さぬよう、最新の注意を払い鋳型の中に流し込んでいく……。
「兄さん上手やで、後ちょっとや!」
溶岩の様に赤々としたそれは、熱を放ちながらもゆっくりと流れ、鋳型の中に収まっている。
「よし……全部入ったぞ!」
入れ終わった容器からは、冷えて固まった金属の
「無事に入れることが出来たかしらね、少し冷えたら水につけようかしら?」
「はい!」
この後、鋳型事冷やし中身と対面するわけだな……? 火箸を使い、台に固定してある鋳型を引き抜き抜いた。
「おっとっと!」
それを中身を溢さないよう、水の中に入れ込んだ。
──ジュワッ!
水が蒸発する音と共に、濃霧の様に濃い蒸気が舞い上がる。
冷やすために使われた水が、鋳型の熱を……中身の金属の熱を奪いグツグツと沸騰していく。
こう見ると、本当に刀の製法と全く違うな……。
「挑戦させてもらって良かった……粋な経験だな、これは」
水から上げ、作業台の上に持ってくる。──流石にまだ素手では触れないな……。
「これを使って型を剥がすかしら」
鉄のヘラを手渡された。
それを受け取り、防火手袋を左手にしたまま型枠を押さえ、渡された道具を使い鋳型を剥がしていく……すると、徐々にその全容が明らかになってきた。──おぉぉ! テンションが上がってきたぞ!
作業中、肩にかかる重みに驚き振り替えると「思ってたより、独創的な色味と形なのですね~……黒っぽいですしイガイガが沢山付いていますよ」と、ハーモニーが声をかけてきた。
「い、言っておくけど、これはまだ完成じゃないからな? この後研磨をする事で、金属の地肌が見えてピカピカに光るんだよ」
正直なところ、彼女の思わぬ触れ合いに少しドキっとしてしまう。
完全に姿を現した【ジャマダハル】の刀身をルームが防火手袋で掴み、耳を澄ましながら金属の棒で順に叩いていく。
鋳型には空気が抜けるように穴が設けられている。
しかし、今回は完全なオーダーメイド品。初めて使われる鋳型の為、空気が抜けきれず中に気泡が無いかを確認しているのだ。もちろん、気泡があれば耐久性などに大きく影響がでてしまう。
「これならええやろ……上々や!」
その言葉と共に俺に手渡された。──良かった……うまく行ったようだ。
ホッと胸をなでおろしながら、生まれたばかりの刀身を見る。
見事に当初の設計通り、ココからは俺の仕事だ! 彼女達の粋な仕事に答える為にも、今度は俺が腕を振るう番だな。
刀身が冷え切るまで、いつものように研磨の道具を準備する。舌なめずりをしながら砥石を次々と水に漬け込んでいく。
湿らせた砥石の一番荒いものを手にとり、濡らした手拭いを引いた作業台の上に置いた。
指先で削る対象物に触れ温度を確かめると……。
「よし、これならいけるぞ!」
さあ──本来あるべき姿を見せてもらおうか!
一番荒い研磨石で表面を粗削する。鋳型から出されたばかりの物は、どうしてもバリのような物が出てしまう。
だから俺は、邪魔になるバリと刃の全面をひたすら──削り! 削ってはまた削り、水に流してはまた削る。
地味ながらも、集中力と体力、技術を使う作業だ。
鋳型で作られた肉体に、研磨で刃を付ける。鉄の塊に、刃と言う命を授けるようなものである。
「──って、少し大げさか?」
誰にも届くことのない独り言を呟く中、表面の焦げ茶色は削れていき、徐々に銀色に輝く金属の色味が現れた。
普段の刃を研く研磨とは違い、全面をくまなく削っていく作業に、腕の筋肉が張っていく。
「……ふぅ~」
室温も相まって、汗が噴き出て呼吸が荒くなる……。それは拭っても拭っても止まることはない。
徐々に目の細かい砥石に変え、何度も何度も魂を込め研磨をしていく。
使用用途が武器である為、言うまでもないが殺傷能力を求められる。
良く斬れるよう、刃の角度を鋭角に……コイン二枚ほどの隙間を維持するように、表面の左右。裏面の左右に均一に刃をつけていく……つまるところ両刃だ。
「すごいです、さっきとは違ってピカピカですね。これが私の……」
俺の耳元でハーモニーが呟いた。
吐息がかかり、集中力が途切れるのでもう少し後にしてもらいたい……。
輝く【ジャマダハル】の刀身を覗き込み、刃が四点均一についているかを確認する。──よし、見事なもんだ。
刃先のカエリを取った後、親指で刃に軽く触れ刃が立っているかを確認する……。
「よし──完成だ!」
研ぎ終わった刃で、拭い紙を斬る。
無銘やレーヴァテインほどじゃないが、十分すぎる切れ味だ。
「あらあら……凄い切れるかしら?」
「はぁ~噂には聞いてたんやけど、とんでもない実力やな? ここまで切れ味を追求する人、初めてやわ……」
褒められているはずなのに、若干二人の顔が呆れている様な? 確かに少し熱くなって本気になっちまったけどな……。
仕上げに水気や手でついた油を拭き取り、錆止めの油を塗り込んだ。「ここまで出来たのは二人のお蔭ですよ、ありがとうございます」と、お礼の言葉を述べながら。
「これだけのもん見せられたら、ウチも本気出さんとアカンな! 後はウチに任せるさかい、楽しみにしいや!」
「その前に、この後のお仕事が残ってるかしら?」
ルームの母が、いまだに火がともっている炉を指さした。
そういえば、まだほかに材料を溶かしてたな。燃料もただじゃない、こいつを作るだけに炉に火はくべないよな……。
「そやった、忘れてたわ……。それじゃ~後はこっちでやっとくわ! また数日後に顔出してぇや!」
二人はそう言いながら奥の部屋に入っていった……。
今回作業にたずさわって分かったが、素人に手伝えることは無さそうだな? 邪魔をしても悪い。
完成したばかりの刀身を、食い入るように見ているハーモニーに「じゃぁ~帰るか?」と声を掛けた。
「そ、そうですね! 数日後に完成なんですね……。すごく、すごく楽しみです~!」
その後、俺とハーモニーは二人で鍛冶屋を後にした。
高台から周囲を見渡すと、太陽はかなり高く昇っており町には人が溢れかえっている。
海には多くの船が動いており、早朝の終わりを告げいた。
その中、俺の左手を急に握るハーモニー。
「カ、カナデさん、私のためにこんな早くから……ありがとうございます~」と、顔を赤らめる彼女が俺の手を強く握る。
「気にすんなよ、お陰でいい経験ができた」
それだけ言葉にして、内心ドキドキしながらも手を繋いだまま宿屋に向かい歩き出した。──ハーモニーが迷子になったら……まずいしな?
気恥ずかしい俺は、心の中で小さな言い訳をするのであった。
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