第126話 エルピス
「う、海の中に……城がある?」
視界の先には、この特殊な海域のせいもあってか、鮮明に城の姿が見えた。
しかもその大きさは、俺が召喚されたグローリア城の二倍……いや、三倍はあるだろう。
夢や幻覚の類いか?
食い入るように船から身を乗り出し、景色を見る俺に、ティアが笑いながら声を掛けてきた。
「お気に召されたようで何よりです。カナデ様なら、きっと喜ばれると思っておりました」
な、何も言っていないのに……また顔に出てたか?
いや、だってこんなの見たら、誰でもテンションが上がるだろ? でもこのままだと、また──欲しがりさんだと思われる!
「ま、まぁ、こんな景色初めですし? 多少は興奮しましたね──所で! あの城はどうして海に沈んでいるんですか? いつから海の中に? 海底で元々ある建物ではないですよね?」
ティアは急にクスクスと可愛らしく笑う。俺の心中を知ったのだろうか、口元を抑え必死で耐えているようだった。──し、しまった! つい気になって質問攻めしてしまった……。
「本当にカナデ様はグイグイ来ますね? 欲しがりさんにもほどがありますよ?」
うっ……。もういいよ! もう欲しがりさんでいいから、あの城の事を教えてくれよ!
欲しがる様子を見て、「カナデ様は本当仕方ないですね~」と、からかう様にニヤニヤとふくみある笑いをした。
「実はですね、あの城も二百年前までは、この透明な水面の上に浮かんでいたのですよ?」
「二百年前って事は……。もしかして!」
「お察しの通りだと思います。アレは過去の戦争で勇者様に沈められた、魔王城の姿なのですよ」
なるほど……それで今は海の底ってことなのか?
不意にマジックバックを開け中を覗き込と、バックの中で気持ちよさそうに寝ているミコの姿がある。
本当にこの精霊が、このような事象を起こすだけの力があるのだろうか?
確かに、彼女と共に何度も戦った今なら何となくわかる。今の俺には……いや、将来的にも同じことは出来ないだろう。
しかし、無尽蔵に魔力を吸い尽くし、それを力に変える事のできる彼女なら不可能ではないのかも知れない。
過去の勇者がもし、無限にも近い魔力を持っていたのなら、あるいは……。
その事を踏まえ、改めて認識させられるた。勇者と同じように召喚されても、俺はまさしくハズレなのだと……。
「カナデ様? カナデ様聞いてますか?」
「あ、あぁごめんなさい。少し、考え事をしてました」
魔王城を見て不安な気持ちになっている俺に、ティアが急に真剣なトーンで話しかけてきた。
「過去の勇者様って、本当に凄すぎますよね? 人間離れしすぎですよ……」
不意に彼女は、俺の様子を見ながら静かにそう口にしたのだ。
俺はその言葉に「そうですよね……」と笑いながら返事を返すことしか出来なかった……。
過去の勇者とまでは言わないが、今後もし……もし何かがあっても、俺は大切に思っている人達を守ることが出来るのだろうか?
最近の戦闘を思い出す……。ギリギリの綱渡りの様な戦いだったな? 事実、怪我を負った事もある。
──俺が、ハズレではなく勇者のように強かったら……。
「そんな顔をしないでください……。今の世は魔王もいないのですから、カナデ様は今のままでいいと思います。むしろ今の情けない姿の方が、私は好きですよ?」
彼女らしくない突然の発言に、俺は言葉を失なった。──な、なんだよ急に? 人の心を見透かしたように当ててきやがって……。こんな嬉しい情けない扱いは初めてだな。うん、悪くない。
「そうよ? 強くはなくても、今まで通りの優しいままのカナデ君でいてほしいな……。例えそれで、情けなく見えたとしてもね」
「強くて格好いいカナデさんは、カナデさんじゃないですよ~? わ、私は今の人間臭いカナデさんだから……その、す……す……素敵だと思ってるんです~!」
──トゥ、トゥナとハーモニー!? なんだよ急に現れて……。
彼女たちの言葉に、不思議と不安が和らいでいく。別に、俺が無理して強くなる必要は無いと言われているようだ。
船は城の上を通過したのだろう。いつしか、不安のきっかけは目に見えなくなっていた。
女性人三人は俺のすぐ近くに集まり、和気あいあいと話し始めた。
きっと彼女達なりに、俺に気遣ってくれたのだろう。正直、かなり嬉しいな。
気恥ずかしいが、心配してくれている彼女達に、これだけは伝えておかなければならない……そんな気がした。
「──ありがとうな、三人とも。今後も、情けない俺を助けてくれよ?」
俺の台詞を聞き、三人の女性は声を出して笑い始めた。
仲間を守るとか、少し自惚れてたのかもしれないな……。俺が彼女達に守られる、それぐらいの関係性がエルピスでは丁度いいかもしれない。
照れ臭くて口にはすることが無いだろう。きっと俺が本当に守るべきもの、それは彼女たちの笑顔何だろう……なんてな?
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