第123話 トレーニングルーム

 屈強の男達による、息の合ったオール捌きにより一漕ぎ、一漕ぎと船が加速して行く。

 そして驚く事に、大型船の先端が浮き上がるほどの速度が出始めたのだ。


 手段はファンタジーのイメージとはほど遠いけど、驚きの速度だ。

 確かにこの速度、風にでもあおられれば転倒して転覆の可能性もある──そうか!


「──その為の、アウトリガーか! しかしなんでだろう、理解はしたけど納得ができない……」


 目に見えない水面を、跳ねるように航行するオールアウト号。

 それはまるで、大空を進む大型漁船や、モーターボートの様であった。


「──カナデ君も、一緒に見に行かないかしら?」


 トゥナに声をかけられそちらを見ると、船長に連れられエルピスのメンバーが列を作っていた。


「今回は英雄の諸君にだけに特別、トレーニングルームを御披露目しようと思ってな! 戦友も……勿論来るよな?」


 見せたくて仕方がないのか? 豪然ごうぜんたる肉体に相応しくない、チワワのような潤んだ瞳で此方こちらを見ている……。


 正直な所、行かなくても察しはついている。

 何たって、先程からいい汗をかいた船員達が、立ち代わり入れ替わりTシャツを干しに来ているのだからな?

 見に行かないことが正解だと、察しはついている……ついてはいるが──。


「わかりました、行かせてもらいます!」


 もうやけくそだ、ここまで来たら毒を食らわば皿まで、着いていってやろうじゃないか!


 船長の言うトレーニングルームとやらに行く為、俺とトゥナ、ハーモニーとティアの四名は、一列になり彼の後を着いていく。


「う……うわぁ~……」


 つい声がもれてしまった。

 道中すれ違う船員達は、皆着ているTシャツが謎の液体で湿っている。

 その中には雫が滴り、床を濡らす人もいるぐらいだ。


 エルピスの他のメンバーもその姿を見て、いささか顔をしかめて……いや。誰とは言わないが、若干一名は顔をニヤけさせているものもいるようだ。


 関係者以外立ち入り禁止の扉を船長が開けると、ソコには船底まで続くと思われる螺旋階段があった。──俺の勘では、この先が例の設備がある部屋だな? 


 俺の足取りは重くなるものの、それでも前を歩くメンバーの足は止まらない。


 諦めるように俺も、階段を一歩一歩降りていく。気のせいなのかもしれないが、足を踏み出す度に温度が上昇している気がする。──塩気が……塩気が!


 徐々に、徐々に男達のリズミカルな掛け声が聞こえてきた。


 最下部までたどり着いくと、ソコにはイメージ通りの……。いや、それ以上の設備が揃っている部屋があったのだ。


 ローイングエルゴメーターと呼ばれていたトレーニングマシンが、船の両脇にずらっと並んでいる。

 そのマシンが歯車と連動しており、大型のオールを回しているようだ。


 マシンに乗れないものは、その後ろで腕を組み、利用者と共に声を上げながら、お行儀良く順番待ちをしていた。


「君たちはここで見学をしていてくれたまえ!」


 船長はそれだけ言うと、空いている中央の通りを、颯爽さっそうと歩きだし船員達に声をかけていく。


「──いいねぇ! 君、キレてるね! おっと。そこの君は、肩に小さな馬車を乗せてんのかい? 全く君達は……そこまで絞るには眠れない夜もあっただろ?」


 ──い、意味不明だ!


 しかし、船長の応援とも取れる発言に一回り、二回り男達の声が大きくなり、何となく動きもメリハリが出てきた──まさにキレてるって感じだ!


 船員達の掛け声が突然ピタリ止まると、利用者と順番待ちの男が、間髪入れずに入れ替わる。

 そしてトレーニングを終えたものは、他の順番待ちの人の邪魔にならないよう、中央の通りを歩き、俺たちが見学している直ぐとなりの長椅子に座り、何やらドリンクで喉を潤してるようだ。


「──前に姉ちゃん達が作ってたこのドリンク……味と舌触りは良くないが、トレーニング後に飲むと、筋肉が喜ぶぜ? お前も試してみろよ」


「例のプロテインってやつか? タンパク質が効率良く取れるって噂になってたな。俺にもくれよ!」


 ──聞こえない……何も聞こえないから! いつの間にこんなところで普及してんだよ!


 それを聞いていたのだろう。視界の端に満面の笑みで、嬉しそうに頷いている美少女が。──トゥナさん良かったね? 初めて手料理が喜ばれて……。


「──カナデさん、カナデさん!」


 甚平の背中を引っ張り何やら俺を呼ぶ声が。

 しかし、周囲を見渡しても視界には誰も入らない……。


「──今、絶対に気づいてましたよね~? どうして見ないふり何ですか~!」


「き、気のせいだろ?」


 チビッ子は、疑いの眼差しでこちらを見ながらも、話を進める事を優先するようだ。

 ハーモニーは、筋トレマシンを指差し目を輝かせた。


「私もあれをやったら、筋肉がつきますかね~!?」


「ハーモニーすまない……。俺が悪かったからそ、れだけは本当にやめてくれ……」


 ハーモニーが「何でですか~」と俺を揺さぶる中も、皆思い思いに現状を満喫するのであった。

 まったく、何でこの世界の人々は、こうも個性的なんだよ……。

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