第122話 最終変形

 ──完璧に、忘れていた。

 最近少々濃い出来事が多すぎて、綺麗サッパリ忘れていた……。

 

 そう言えば、前にもう一段階変形が残ってるって言ってたな?

 わざわざ教えに来てくれたんだ、話を合わせておこうか?


「そ、そうなんですか! うわぁ~ずっと、楽しみにしてたんですよ!」


 俺の嘘に、船長は微笑み、「そうだろぉそうだろぉ」と満足げに頷いた。──言えない、こんな喜んでる人に、忘れてたなんて絶対言えない!


「と、所で。どんな変形をするんですか? この前のように、船上に大きく形状が変わりそうな部分も見当たらず、予想がつかないのですが……?」


「残念ながら、大きな変化ではないからな……。しかし、性能は段違いになるぞ? この前の舷外浮材げんがいふざい形態は、次の変形の布石みたいなものなのさ!」


 余程の自信なのだろう、いつもの三割増しで暑苦しかった。距離感も無性に近いし……。


「な、なんかすごそうですね……」


 それにしても、外見ではなく船の内面の変形なのか?

 もしかして、甲板に人が誰もいなかったのはこの準備の為なのかもしれないな。

 前回の変形の件もある……もしかしたら、今回も期待できそうじゃないか?


「はっはっは。戦友のその期待が顔にすぐ出るところ、分かりやすくていいと思うぞ?」


 くそぉ、お見通しってことか? 最後の変形……つまり最終形態だろ? 男の子なら、期待せずにはいられないだろ!


 船長は足取りも軽く、上機嫌で船の中央部付近に移動する。そして、腹から声を出すように、大きな声で号令をあげたのだ。


「それじゃぁ諸君、ショータイムを始めようか! お嬢さん達も、間違っても海に落ちないでくれよ!」


 船長の、気合いの入った声に心がざわめいた。

 彼の気迫に……この後の出来事を、期待するなと言う方が無理だろ?


「ローイングエルゴメーター、スタンバイ!!」


「──サァー、イエッサァ!」


 船長の魂のこもった掛け声に続き、船底から飢えた筋肉どもの叫び声がした。──他の船員は……下にいるだと!


 オールアウト号に、何かが擦れるような音が響く。まるで、重い木材が擦れているような音だ……。

 俺は気になり、甲板から下を覗き込む。

 すると、今までは無かったはずの船の側面に、窓のような謎の空間が出来ているのだ。


「な、なんだあれは?」


 その後、何人かの船員が甲板に上がってきて帆を張る準備を行っているようだ。──残念ながら、アレはまだあるらしい……。


いかりをあげろ、帆を張れ! オールアウト号、全速前進!」


 船員達は船長の指示のもと、軽快な動きで錨を上げ、シャツ干し……もとい、帆を張った。

 そして、それと同じくして、オールアウト号は徐々に加速していく。


 周囲を見渡すと、前とは少し違う……なんだ、この違和感は──もしかして!


「帆の張り方が前と違うのか! 以前よりも帆が低い……って速度が落ちてるぞ?」


 性能が変わると聞いたから、てっきり速度が上がるものかと思っていたんだけど……俺の勘違いだったのか? 


 疑問を感じたまま船長を見ると、少し距離が離れているのに彼と目があってしまった……。


「そうかそうか。その目を見るに、戦友はどうも欲しがりさんのようだな!」


 そ、それ前にも誰かに言われた気がするぞ? もしかしたら俺は、本当に欲しがりさんなのかもしれない。


「良かろう、期待に応えてみせようではないか! さぁ、ヤロウども──ご褒美の時間の始まりだ!」


 そう言って、目の前の筋肉ダルマが両手を二度パンパン! っと叩いた。

 それと同時に、船の側面から何かが飛び出してきたのだ!


「ちょっと待て、最終形態って……まさかコレの事か!」


 一を聞いて十を知ると言うのか、百聞は一見にしかずと言うのか? 

 飛び出てきた物を見て、この船の最速たる由縁を、全てを理解してしまったのだ。


ぐのかよ」


 船長の合図と共にさっそうと眼下に現れたのは、数本のとても大きなオールだったのだ。


「その通りだ、戦友よ! 屈強な男達がオールを漕ぐことによる、爆発的な推進力……それが、この船が世界最速たる由縁なのだ!」


 俺は彼のその一言を聞き、その場に膝をついた。

 ついさっきまで少しでも期待していた、愚かな自分を戒めるかのように「漕ぐのかよぉぉ!」と、叫んだのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る