第124話 魔法の手紙【伝鳥】
オールアウト号は、波が立たない無色透明の水面を、まるで水切りの石のように跳ねながら進む。
あれから、何れぐらいの時がたったのかは分からない……。
その中、俺はと言うと……異世界の厳しい現実に心を叩きのめされていた。
「──お前だけは、俺の知っている常識のままでいてくれよ?」
船の甲板で、仰向けに横たわり空を見上げて呟いた。
意味の分からない事を、広大な青空に向かいつい口ずさむ……。──少し、疲れているのかもしれないな?
「カナデ様、何を言ってるんでしょうか、色々大丈夫ですか?」
声の方に視線をやると、両手でスケッチブックのような物を抱え、つやつやの顔で大変満足そうなティアの姿があった。──どうやら、機嫌は完璧に良くなったみたいだ。
「ティアさんこそどうしたんですか? デッサンは満足いったのですか?」
彼女の持つ、スケッチブック擬きを指差した。ソコには所狭しと、裸の男共のポージングが描かれていたのだ……。
「まだまだ、全然足りませんね! しかし非常に面倒なことに、本日は定期報告をしないと行けませんので、渋々御仕事をこなそうと思いまして」
それだけ言うと少し距離を取り、ティアが何やらブツブツと独り言を言い始めた。──渋々って……。
定期報告とは、どうするつもりなのだろうか? そんなことを思い、ティアを眺めていた……。
するとしばらくして突然、彼女の回りに風が巻き起こる。彼女の長い髪と衣類がバサバサと激しく揺れ、その強さを物語る。
「魔法……なのか?」
俺は起き上がり、その様子を影ながら見守った。──もう少し、慎みを持った衣装とかにしてくれないものか、ズボンを履くとかさ? 風でスカートがめくれそうになってるだろ……。
ティアが呪文の様なものを言い終わり左手を空に掲げた。
その時風が舞い上がったのだろう、それは指先の一点に集つまり、鳥の形を成した。──黒か……ゴクリッ。
鳥の形を模した風の塊に「お願いしますね……」と一言かけ、投げるように飛ばす。
すると驚くことに、それはとてつもない速度で飛んで行き、瞬く間に姿が見えなくなってしまったのだった。
「今の魔法で、連絡が取り合えるんですか?」
今までも、ちょくちょくと彼女を見ない時があったが……ちゃんと仕事をしてたのか、驚きだ。
「そうでしたね、カナデ様は
伝鳥、今の魔法で出来た鳥の名前だろう。異世界番、伝書鳩みたいなものなのか?
「この魔法は、使用者のイメージを文字として相手に伝えることができるのです。そうですね……直に、私の上司からの伝鳥が届くと思いますので、見ていただいた方が分かりやすいかと」
「そうですね、せっかくだし見せてもらえますか? 興味もありますし」
最近、純粋な綺麗なファンタジー要素に触れてないしな? どうせこの世界にいるのだ、何も知らないわけにもいかない。
「来ました! あれです!」
ティアがそれだけ言うと、遠くから何かが近づいてきてオールアウト号の帆柱に止まった。
「あら、おかしいですね?何やら二羽いるようですが……? まぁ良いでしょう、見ててください」
ティアが自分の足元を指差すと、そのうちの青い一羽が羽ばたき、指で指示したところに飛んでくる。
そして甲板に直撃する直前、液体へと変わり青色の文字を描いたのだ。──おぉ~、ファンシーな感じでオシャレだな。
「まったくギルド長は、全然遊び心がありませんね……? 文章も定型文の様なものですし」
見慣れているせいか、どうも彼女の心にはこの愛らしい手紙を、ときめく物と認識できないらしい。
俺がこれで恋文をもらおうものなら、興奮で夜も眠れないだろう。
「それにしても、もう一羽は来ませんでしたね? 様子からするに、あれはカナデ様宛かも知れませんね?」
「俺宛って、そんなの送る人に身に覚えは無いだけど……」
そもそも海上にいる俺を、どうやって見つけてるんだよ。
ファンタジー世界に理屈を問うのも、野暮な話だろうか?
「ひとまず、試してみてはいかがでしょうか? 基本伝鳥は、宛先に到着するまで止まることがありません。あそこからこちらを見ている以上、私かカナデ様宛のはずなので」
知らない誰かからの手紙か……。ラブレターであれば本気で手放しで喜ぶんだけど、そんなわけもないだろうな。
不安と疑問を持ちつつも、少し怖いので離れた床を指示する。すると、赤い伝鳥が羽ばたく仕草を始めた。──どうやら本当に俺宛みたいだな……。
──しかし、その瞬間!
伝鳥は電光石火の如く、俺の指定した床に羽ばたき──ビチャ! っと突撃していったのだ。
「違う! さっきのと違うから! 」
俺が目にしたものは、完全に鳥の事故現場だった。
俺が指示した床は、まるで殺傷事件でもあったかのように赤く染められたのだ。
まさかの展開に、俺は開いた口が塞がらなくなった……。
「この差出人は、中々のセンスですね……私にはこの発想はありませんでした。今後の参考になりますね!」
こ、これに満足している彼女のセンスが分からない……。
そんな時だ、次第に赤い液体が薄れていく。
赤で染められた床の液体は、徐々に、姿を文字へと変えたのだった。
「──ダイイング・メッセージかよ!」
つい、全力で突っ込みを入れてしまった。こんな手の込んだ悪戯をするやつは、いったい誰なんだよ!
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