第119話 手入れ

「最近やたらバタバタしてたしな……今日は、久しぶりに心行くまで無銘をメンテナンスしようかな?」


 手入れ道具を一式準備して、正座をした。座り方にルールがあるかは、正直なところよく知らない。

 ただ俺は、真剣に刃物に向き合う。そんな時は、必ず正座で作業することを心掛けていた。


 俺はおもむろに拭い紙を口に咥える。──よし、堪能するぞ!


 左手で無銘の鞘を握り、膝の上のあたりまで運ぶ。この時、刃をうえに向けて持つ。そして、右手でつかを握りしめた。


──トン、トン、トン!


 部屋の扉を叩く音が聞こえた……。どうやら、俺と無銘の仲を邪魔するものが現れた様だ。


 目の前に横にしたまま、ゆっくりと地面に無銘を置き、俺は拭い紙を口から離した。


「──はい、どうぞ!」


 途中で作業を止められるよりは、来客を早めに帰し、作業に没頭したいと思ったのだ。


「こんにちは、カナデ君少し大丈夫かな?」


 来客の招待は、防具を外した愛らしいキャミソール姿のトゥナであった。

 右手には、レーヴァテインを握りしめているが、何かあったのだろうか?


「どうしたんだよトゥナ。レーヴァテインなんて持ってきて、調子が悪いのか?」


「違うの、少し時間が出来たからちょっとね?」


 それだけ言うと、彼女は俺に合わせてなのか? すぐ隣の床に座った。


「無銘の手入れなの?」


「あぁ、今丁度始めようと思ってな?」


 流石に相手がトゥナじゃ、厄介払いは出来ないな。なに、普段から最低限は管理してるし、明日改めて本格的にメンテナンスすればいいか?

 そう思い、道具を片付けようとしたときだった。


「──あ、あのね、カナデ君。貴方に、剣の手入れを教えてもらいたくて今日は来たの!」


 突然口にした彼女の言葉に、手が止まった。そして、一つの可能性が頭をよぎった。


「──も、もしかして、俺はクランエルピスをクビになるのか?」


「そんな事、ある訳無いでしょ……カナデ君、自分がリーダーなの忘れちゃったのかしら?」

 

 覚えてはいるが、その上でクビなのか? っと思ったのだ。なんたって武器の管理は、俺のアイデンティティーな訳だし……。


「常に一緒に居れる保証があるわけじゃ無いでしょ? 依頼で別々に行動することもあるかもしれないし、専門家から教えてもらった方がいいかな? って思ったのよ」


 な、なるほどな? 良かった、船から降りたらお払い箱とかじゃなくて……。

 でもそう言う事なら、このタイミングは丁度いいかもな?


「分かった。今から実演しながら、トゥナでもやってもらっていい、簡単な手入れを教えるよ」


 そう言いながら、俺は無銘を手に取り引き抜こうとした。


「──ちょっと待って! 今日は、それを咥えないでいいの?」


 そう言いながら、トゥナは置いている拭い紙を指差した。

 俺はそれを手に取り「これか?」っといつものように咥え、また口から離した。


「本当は咥えるように心掛けてるけど、これを咥えてたら説明できないだろ?」


 俺はクスリと笑って見せる。それにつられるように「それもそうね」と、トゥナも可愛らしく笑って見せた。


 俺は拭い紙を、笑っているトゥナの目の前に広げて見せた。


「それじゃぁ今日は、何でこれを咥えるか説明しようか?」


「はい、カナデ先生!」と、トゥナは真面目な顔をする。

 彼女の口にした先生の響きに、ちょっとだけドキっとしたのは秘密だ。


「おほん! この武器、俺の世界では刀と呼ぶんだけど、昔この刀を使っていた人達を侍って呼んでいたんだ」


 尊敬の眼差しを向けるトゥナに、少しだけでもカッコいいところを見せたいと張りきる。──これが得意分野なんだ、格好つけるならここでしょ!


「侍は心を大事にする剣士でな? そんな彼らは、扱う武器にも心を持って接していたんだ」


 実際は見たこと無いが、そうであってほしい……。今の台詞には、自身の願望も含まれていた。


「刀もそうだけど、剣にも弱いものがあるのは分かるか?」


「えっと……衝撃とかかしら? 刃こぼれにも繋がるし……」


 あぁ、少し質問の内容が悪かったか? しかし、流石トゥナだ。斬れる事を気にしないものなら、出てこない解答だったかもな?


「確かにそれもそうだな。ただ今回は別のもの【水】なんだよ」


 俺の発言に、トゥナは手をパンッ! と相槌ちを打った。


「なるほど。水に濡れると錆びてしまうからね? じゃぁ口に咥えるのは話さないようにって事かしら?」


「ご名答! 一説には刀に息をかけないためとも言われているが、本質は刀に唾などの水分を飛ばさない。そう言った気遣い、つまり【心】の現れが、口に布や紙を咥える行為の由縁なんだよ」


 そう言いながら、俺は先程の拭い紙を床においた。こう言った理由もあり、俺もなるべく咥えるようにしていたのだ。


「そうなのね……私のレーヴァテインも、カナデ君のそう言った気遣いが……心があってこそ、今の切れ味や美しさな訳ね?」


 そう言いながら、トゥナは俺が床に置いたばかりの拭い紙を手に取る。

 そしてそれを──不意に咥えて見せたのだ!


「トゥ、トゥ、トゥ! トゥナさん!?」


 彼女は知ってか知らずか、そのままレーヴァテインを覗いて見せる仕草をして、俺に向けてウィンクをした。


 そしてレーヴァテインをゆっくりと床に置き、拭い紙を口から離しながら「こんな感じかしら?」と、無垢な笑顔を俺に向けたのだ……。


 俺はまさかの彼女の行為に、心臓が高鳴り口をパクパクさせた。


「──これがカナデ君がたまに言う、粋ってやつなんでしょ?」


「あ、あぁ……そうだな……」


 俺はこの後、心中穏やかじゃないままトゥナに手入れについて説明したのだった。

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