第112話 料理対決前
俺とハーモニーは、甲板に向かう通路を歩いていく……。
「な、なんかドキドキしてきたな?」
「そうですね……さっきから緊張しっぱなしですよ~」
俺達が向かう方角からは、大勢の話し声が聞こえる。──これは一人、二人じゃないぞ? 一体どれだけの人が居るんだよ?
そして、通路から甲板に出ると、大勢の船員達により奏でられる、想像を越えた歓声が俺達の体を震わせたのだ。
「──な、なんだよこれ……」
通路を抜け視界が開けると、そこは完全にお祭りムードだった。
甲板の中央には二ヶ所の厨房があり、その間には色々な食材が、氷で作られたショーケースの上に並べてある。まるでテレビ番組のスタジオか何かのようだ……。
それらを取り囲むように船員達……この場合は観客達と言うべきなのだろうか? そんな筋肉達が、所狭しと
厨房を見ると、ソコには水着の上からエプロンをしているトゥナと、パーカーの上からエプロンをしているティアがいた。どうやら先に会場入りしていたようだ。──それにしても、水着の上からエプロンって……なんかすごくいいな? 個人的に結構ツボかもしれない。
「カナデさん大変です、鼻の下伸びてますよ? 包丁の手元が狂うといけないので、気を付けてくださいね~?」
「ハーモニー……。それ、完全に脅迫だからな? これだけは言わせてくれ、謝るから許してください──ごめんなさい!」
雨が降り注ぐかの様な歓声の中、俺とハーモニも厨房に向かった。
甲板に一歩足を踏み出すと、俺達に向けて
しかし俺は、この注目が苦痛でしょうがなく、足取りが重いものになっていく。
「──よく逃げずに来ましたね、カナデ様!」
全くだ、こんな状況になるなら逃げ出したかったよ。でも今は船の上、何処かに逃げ場があるわけでもないしな?
俺を挑発したかと思いきや、ティアは急にハーモニーの格好をまじまじと見始めた。
「なるほど……ハーモニー様も対決が出来て良かったですね?」
するとそれを聞いてなのか、ハーモニーの顔が徐々に赤く染まっていき、耳まで真っ赤になっていく。
「な、何を言ってるんですか! そんな事してませんよ~!」
何を言ったのかは分からないが、勝負の前にうちのハーモニーを動揺させてくるだと? ティアのやつ、心理戦とは中々の手練れだぞ!
「──カナデ君、お互いに良い勝負をしましょうね?」
水着エプロンのトゥナが、眩しい笑顔で俺に話しかけてきた。
あの料理音痴のトゥナに、一切の
「あ、あぁ。お互いにな ?」
実のところ、ここでも激しい心理戦は行われていた! 俺の視線はつい、彼女の胸元に吸い寄せられてしまうのだ!──ここから見ると、まるで裸エプロンのように見えなくも……。
「──いっ!!」
「カナデさん。ティアさんにエプロン、お借りしてきましたよ~?」
左足に激痛が走った──!
そんな中、今までで一の笑顔を俺に向け、エプロンを「はい~」と、差し出すハーモニー。──踏んでるから! 足踏んでるから!
涙目で犯人を見つめるものの、エプロンをひたすら突き出すハーモニー……。どうやら、こちらからこの話題に触れる必要があるみたいだ……。
「ハ、ハーモニー? ……足、踏んでるからね?」
笑顔のまま無言で、足をどかすハーモニー。震える俺は、彼女の手から黒のエプロンを受けとった……。
俺は、着ていたシャツの上からエプロンを着用した。そしてハーモニーは、さきほど俺が羽織らせた甚平の上から、エプロンを着用する。──そういえば返してもらってなかったな、まぁ後でもいいか?
「エルピスの諸君、よく来てくれた! 双方準備は出来ているかな?」
声のする方を見ると、Tシャツに蝶ネクタイの船長がたたずんでいた。きっと彼なりに、正装に身を包んだのだろう……。──もう好きにしてくれ。
しかし、準備ねぇ……。
厨房に入り、道具を確認していく。
火は炭火か? なんとか釜には銅板も乗るようだ。火入れ事態は問題なさそうだな……材料は。
──あれ? この前のタコが置かれていないぞ?
「あの? 食材って、これだけですか?」
たこ焼きにタコが入ってなければ、たこ焼きじゃないだろ! 最悪、他の具材でもいいけど……でもなるべく、タコを使いたい。何より、俺が食べたいしな!
「何か、欲しいものがあるのか戦友よ? 楽しませて貰ってるからな、こちらで準備出来るものは喜んで提供するが?」
「この前のレクト・オクトパスでしたっけ? あれを使いたいんですが?」
俺の発言に、会場に居る人からざわめきが起きた。正直なところ、これは予想通りだった。
「カ、カナデさん! そんなの使うなんて聞いてませんよ!」
「いや言っただろ? タコを入れるって。タコ、つまりオクトパスなんだよ」
やはりこの世界だと、タコを食べる習慣がないのか。悪魔って呼ばれてるわけだもんな……。
船長風に言えば、いいね~いいね~! って感じだな。俺が、コイツらの認識や価値観を変えてやるよ! それが粋ってものじゃないか!
「戦友よ、気は確かか? 海の赤い悪魔を食べるなどと……」
「食べれば分かりますよ。俺がそのイメージ──
俺の自信満々な顔を見てだろうか?「分かった、戦友を信じよう。レクト・オクトパスの素材を持って来てくれ!」と船長が船員達に指示を出す。
船員の一人が取りに走ったようだ。これで無事に準備が出来たな……。
ここまで来たんだ、俺の手で世界に新たな一ページを刻み込んでやろうか!
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