第113話 料理対決 開始

 すべての準備が整い、お互いのチームが厨房に立ち、向かい合わせになる。


 俺が頼んだレクト・オクトパスの素材も無事に届いたようだ。食材の中でも、その大きさは圧倒的な存在感を放っている。


 ん? どうやら始まるようだ──。


「さぁ、お集まりの諸君! 今から我らが英雄達による、料理バトルを行う!」


 船長の声を聞き、オールアウト号は船員の歓声で震えている。

 娯楽に飢えている男共の叫び声は、今まで戦ったどの魔物よりも轟然ごうぜんたるものであった。──それにしても、マッチョが集団で集まって吠えるって……。改めて思うが、凄く嫌な光景だな。


 向かい合っているトゥナ、ティアチームは力強い眼差しで俺達を睨み付けてくる。向こうは気合い十分の様だな? 負けてはいられないな!


「両者見つめ合い、気合いも十分なようだな? ルールはこちらでタイムリミットを設けさせて頂き、制限内により旨い食べ物を作った方を勝ちとする! 具体的には二千と四百ほど数え終わったら終了だ!」


 二千四百秒って事だろうか、それって何分だ? え~っと……まぁ、いいか? それぐらいあれば、何とか作れるだろう。


 ハーモニーと目が合い、どちらともなく互いに頷く。まるで心が通じあっているかのように。


「さぁ、いくぞぉ~。両者位置につけ。では……アレ・キュイジーヌ料理開始!」


 スタートの合図と共に、エルピスの女性陣は駆け出した。しかし俺は、掛け声の意味が分からず、一歩遅れスタートを切ったのだ。──ちょっと、今のが開始の合図なのかよ!


 俺達はまず、一目散に食材に向かい食材の確保を始めた。

 具体的には、俺がタコとダシの準備、その他の材料をハーモニーが担当して準備していく段取りだ。


 俺はまず、鰹節かつおぶしと昆布、ホタテの貝柱を手に取り、厨房に戻り鍋を取り出す。

 ダシが出やすいように、貝柱を小さく刻み始めた。


 その後、鍋に水を張り昆布と貝柱を多めに水につけた。この際、すぐには加熱せず水に浸けたままでしばらく置いておく。──時間の都合もある、今回は少し贅沢に多めに使わせてもらおう。


 隣を見ると、ハーモニーも順調に調理をしているようだ。見ていて安定感があるし、向こうの作業はハーモニーに任せておけば大丈夫だろう。


 様子を確認後、包丁を持ち再び材料を取りに中央に向かった。

 そして、先ほど準備されたレクト・オクトパスの素材に手を触れる。


 本来であれば、丸ごと調理すれば良いのであろうが、大きさが規格外の為に包丁を入れ、必要ぶんだけ取り調理台に向かおうとした──。


「「「──おぉぉぉぉぉぉ!」」」


 観客達から、驚きの声が上がった。──一体何があったのだろうか?

 観客の視線を目で追うと、対戦相手の厨房では想像もしていなかった調理が行われていたのだ。


「──マ、マジかよ……」


 いや、訂正しよう。その光景を調理と言うには、些か抵抗がある。世の料理人も怒るだろう。

 その調理法とは、ティアが投げる材料を次々と、レーヴァテインを使ってトゥナが刻んでいるのだ!


 そして俺は、そんな彼女と目があった。


「カナデ君。私、料理できてるわ!」


 彼女の言葉に衝撃を受けながらも、笑顔を向け手を振った。──トゥナさん、それは料理とは言わないよ?


 調理台に戻ると、ハーモニーが何やら顔を引きつらせている。


「カナデさん、トゥナさん凄いですね? 斬ることに、迷いがありません……。今まであれで、貫かれてる魔物を見てきているので、私は今とても複雑な気分です~」


「あぁ、言いたいことは良く分かる。知ってると、料理が出来たとしても食べるのを躊躇ためらうよな?」


 さてと、見とれている場合じゃない。調理でせるのも、確かに戦略のひとつだろう。しかし、向こうとは違う! 俺は味と見た目で勝負するぜ!


 新しい鍋に水を張り、かまどの上に置き、火に掛けておく。

 その間に、流し台の上にボールを置き、その中にタコと塩を入れる。そして……──!

 タコの滑り取り作業だ。中々に時間と体力を使う。しかし、俺の今の身体能力なら……この程度、造作もない!


 作業に没頭していると「英雄の兄ちゃんは、あれは一体何をやってるんだ? 変な趣味でもあるのか?」と、何処かから声が聞こえてきた。


──おい、誰だよ。変な趣味とか言ったヤツ!


 しかし、辛辣しんらつな意見はそれだけでは無いようだ。

 

「おいおい……泡立ってきたぞ? 気持ち悪いな」

「なんか手つきが卑猥ひわいじゃないか?」


 ただのヌメリ取りなのだが、タコ食の文化が無い為か、観客席からは非常に厳しめな感想が聞こえてくる。──ほかのは許そう。だが、卑猥とか言った奴、全世界のタコを調理する人に謝れ! 後で無理矢理にでも食べさせてやるからな?


 仲間であるはずの女性三人も、先程の感想を聞きすごい眼差しを俺に向けているのだが……。

 それでも時間がない、俺には手を止めることは許されないのだ!


「カ、カナデ様やりますね、粘りを使ったプレイとかレベルが高すぎます……!」

「──プレイってなんだよ! これはその滑りを取る調理法なんだよ!」


 相手側の、ティアの手が止まっている。不本意ではあるが、これはチャンスだ!


 一頻ひとしきり洗い終え、一度水で洗い直した。──くそ、まだ少し滑りがあるようだな?


 それを確認すると、ボールに戻し塩をかけ──また揉む! 滑りが取れるまで揉む!!


「あの兄ちゃん、また始めたぜ?」

「何れだけ滑り好きなんだよ…」


──言われると思ったわ! 


 でも、滑りが残っていると臭みに繋がる。ここは耐えろ……何としても、ヌメリは取らないと!


 俺は不本意ながらも、タコの滑りを取り終わるまで、自らに視線を集めることに成功したのであった……。

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