第105話 海上の神秘3
「魔力が? ティアさん、それでどうして水が透明になるんですか?」
この水が魔力を帯びている事は、痛いほど身に染みて分かった。でもそれでどうして水が透明に見えるか、その結論までは分からない……。
「そうですね。実のところ、未だ分からないことも多いのです。今から話す内容は、現在解っている事までと、憶測になりますがよろしいでしょうか?」
ティアの言葉に俺は頷く。心動かされたこの光景の成り立ちを、少しでも知りたいと思った。
いや……何となくだが、知っておかないといけない気がしたのだ。
「おほん! この現象を調べてる学者の論文によりますと、この海域では魔力の影響により、微生物や小さな生き物が生きていけないらしいのです。それどころか存在すら確認できないと報告にあります」
確かに、人が少なからず痛みを感じる魔力だ、プランクトンや微生物では生きることも出来ないだろう……。
──そうか! 両者が居ないって事は!
「もしかして、食物連鎖が起こらない?」
俺の発言に「正解です」っと頷くティア。これだけ美しい景色なのに、生き物が居ない。
ここは、生き物が住む事も出来ない死の海域って事か?
「そして、原因は分からないのですが、この海域は波が立つ事も無く、真水になっているのです」
「ま、真水って……海ですよね、ここは。そんなはず無いじゃないですか」
でもこれだけの透明度、海水では無理だろう。なら彼女の言う通り、本当にこの下は真水なのか?
「極少量でしたら、人体に影響はありません。よろしければ、手ですくって飲んでみてはいかがですか?」
量を飲めば、人体に影響があるのかよ! それを飲ませるって……。
抵抗はあるものの好奇心が背中を押した。
俺はバケツの水を両手ですくい、それを口にする。──うっ、ピリピリする。……ん?
「本当だ……しょっぱくない!」
無味無臭……と言うよりは、不味くすら感じる。
例えが難しいが、水分を取ったのにむしろ口の中の色んなものが持って行かれるような。
一言で表現するなら、乾く! って感じがした。
「分かって貰えたと思いますが、この船の下には海底に行くまで光を吸収するものがほぼないのです。それがこの不思議な現象……色の無い水の理由だと思われます」
何だろう? 地球では信じられない光景なのに、妙な説得力がある。
思考が異世界脳になってきたのかもしれないな? 目で見て、説明を受け、その事実を受け入れ始めている自分に驚いた。
まぁ理由も知れたし、変な勘繰りはやめて、素直にこの景色と今の出来事を楽しんでも良いかもしれない。
これだけ美しい景色や、変形する船なんてそうそう経験出来るものでもないしな?
──あれ? 変形の理由も見えてきたぞ!
「そうか、浮力が変わったから船が沈み、浮遊感を感じたのか? もしかして、変形もその為……」
俺が口ずさむと、その発言に船長が目を見開いて驚きの声を上げた。
「良く解ったじゃないか! 船乗りでも中々知らないことだぞ? 戦友は、見た目に似合わず博学なんだな」
おい、見た目に似合わずとかさらっと言うな! 傷付くだろ?
「じゃぁ船長、あの先端の長細いのは、浮き代り、つまりアウトリガーな訳ですね?」
「本当、戦友には驚かされる。全くもってその通りだ。この船は重量物を、主に資材や素材を運搬するからな? 浮力が下がることで船の沈みをコントロールするための装置なのだよ。転倒防止の意味もあるけどな!」
波が無い海域で転倒? むしろそれなら今までの方が必要だったような……。まぁいい、言い間違いかなにかだろう。
よし、大体謎が解けたぞ! それにしても……。
「わざわざ黙ってる必要は無かったんじゃないですか? 人が悪いですよ……本当に落ちたと思ったんですからね?」
本当にあの浮遊感は怖かった! 半端無く怖かった、死を覚悟するレベルで……。
「いやいや、すまない。この海域の事を話さない、それが船乗りの……海に出るものの、ルールなのだよ」
「な、なんですか? そのルール……」
船乗りの暇潰しに、ドッキリさせたいとかか? 心臓発作でいつか死人が出そうだな。
「これだけの景色を、君は言葉で言い表せることが出来るか? 事前情報を知ってからより、ここで初めて見て、知る! その方が心に残るだろ?」
純粋な理由だった。船長、疑ってごめんなさい。
「ここは、多くの戦死者が眠る場所だからな。感動を心に刻んでもらい、この美しい光景を、ここで起こった悲劇を……通った者に忘れられないようにしてもらう。その為に生まれたルールなのさ!」
む、無茶苦茶いい話じゃ無いか! 確かにこの感動は、忘れることは出来ないだろう。
過去の戦争の事は正直興味が無かったけど、少しだけでも勉強しておいた方が良いかもしれないな……。
仮にも勇者として召喚された訳だし、全てが無関係と言うわけにはいかないだろう、そんな気がする。
「──すまないが少しだけ手を止め、耳を傾けてくれないか!」
俺が思い悩んでいると、いつになく真剣な眼差しで、船長は大きな声を上げた。その声は力強くも、何処か悲しげで、
「皆に一つ願おう! 少しだけでもいい……この海域で勇敢に戦い、世界を守るために散っていった者達に祈りを捧げてほしい!」
その一言と共に、頭を深く下げる船長。
これだけの光景を見せて貰ったんだ。そんなこと、こっちからお願いしたいぐらいだ!
彼の声を聞き、乗組員は自然と船の両脇に整列していく。
皆が並んだ頃合いを見ると「皆の者心から感謝する!」と、涙混じりの声の下、船長は深く息を吸い込む……そして──。
「──
辺りは静まり、過去の英雄達に向け船上の全ての者が祈りを捧げた。
過去の人々と、今を進む俺達。そして未来を生きるだろう人々の悲劇による涙が、拭ぐわれますように……っと。
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