第104話 海上の神秘2

 浮遊感を感じ、体が強張る。

 しかし、その感覚は一瞬であった。まるで水面から、段の違う水面の上に落ちたかのような感覚に囚われたのだ。


「ど、どうやら無事みたいだ……」


 周りの、大丈夫っと言う言葉を信じてなかった訳じゃない……いや、正直言うと少し疑った。

 だって仕方ないだろ? 怖いものは怖いんだよ! 命綱を付けていても、高所から落ちたら怖い。それと同じだ!


 それにしても、一体どうなっているんだ? 

 俺は間違いなく海が途切れるのを見た。ソコに突っ込んだハズなのに、海の底に激突する気配もなく、それどころか浮遊感もほんの一瞬しか感じられなかった。


 その答えは、辺りを見渡す事で気付くこととなった。


「──そ、空を飛んでいるのか!」


 俺は眼前がんぜんに現れた世界を目の当たりにして、声をあげた。


 先程の変形は、本当に空を飛ぶためのものだったのか? しかし、実際に船は空を飛んでいる。魔法なのか……いや、理屈などどうでもいい。


──異世界すげぇ! ただこの一言に尽きる。


 俺に抱きついていたハーモニーも、どうやら目を開きキョロキョロと見渡し始めた。──彼女も、どうや落ち着いたようだな?


──ハッ!


 今の状況は不味い! 俺も慌てるように周りを確認した。思った通りだ……船長や船員達とことごとく視線が合うのだ……。


「ご、ごめんなさい~! カナデさん~!」


 ハーモニーは今の状況に気付き、慌てて離れるが時すでに遅し。周りからは、なんとも言えない生ぬるい眼差まなざししを向けられている。──こ、これは、少々ばつが悪いな。


 抱きついてきたハーモニーも同じ気持ちなのか? 下を向き、もじもじとしている。


 正直なところ、被害者だと思う反面、多少美味しい気分にもなったわけだ……。くそ、チビッ子なのに柔らかかった!


「──カナデ君、船は空を飛ばないわよ?」


 煩悩と微妙な空気に板挟みに合う中、突如トゥナが話しかけてきた。

 ある意味彼女の、間のずれた回答に助けられる事となった。


 それにしても、助けられたので言いづらいが、それを言うタイミングは今じゃないな。

 でも彼女のお陰で、俺達に対する視線は笑いへと変わった。


 しかしその中、俺の渡した布を鮮血で真っ赤に染めながら、ティアが俺とトゥナの間に割って入る。


「カナデ様、船から顔を覗かせて、良く下を見てください」


 ま、まさか、覗いたところで押すんじゃないだろうな?

 心のどこかでそんなことを思いながらも、俺はティアの言う通りに船の端に移動して、下を見た。


「……なっ!」


 その光景を見て、言葉を詰まらせた……。


 俺達は今、間違いなく海の上にいるはずだ。しかし、船の下に海は無く、変わりに底奥深くに、一面に咲く色とりどりの花畑が存在していたのだ。

 驚きながらも、目下の景色に酔いしれる。

 その後、しばらくして俺はようやく口を開くことができた。


「──綺麗だ……」


 花々が織り成すこの美しい世界を、俺は上手く表現出来るほど、詩人では無かったようだ。

 目の前の景色に見とれていると、先程の変形で飛び出したパーツの付近に、花弁が巻き込まれるように流れていくのが見えた。


「ん……まるで水面に流れている花弁が、障害物に当たった様だな?」


 それに違和感を覚え、その当たりを良く見た。すると、船の周りが少し波打ってる様に見えた……。


「──もしかして、今も水の上にこの船は居るのか?」


「戦友よ、その通りだ!」


 エルピスのメンバーと船長が、気づかない間にすぐ裏にいた。──どうやら、それほど見いっていたみたいだ。


「カナデ様が言われた通り、今もこの船は水上に浮いております。ただ、その水の透明度が、今までと比べ物にならないほど高いのです」


 いや、高いなんてものじゃないだろ! 水があることにも直ぐには気付けない透明度なんて、自然界に存在するものなのか?

しかし今、目の前にはその事象が存在している。自分の目で見たものだ、受け入れないわけにもいかないだろう。


 そんな悩んでいる俺の姿を見てか、船長が何か話すみたいだ。


「約二百年ほど前、この海域で大きな戦争が起きた。これが、その名残なんだよ戦友よ」


 二百年ほど前って……。

 それを聞き、俺は一つ思い当たる節があった。


「もしかして、勇者と魔王がこれを?」


 ティアと船長は揃って頷いた。

 う、嘘だろ? 人の手でこの様な現象を生み出すことができるのか? そんなもの、まるで天災じゃないか!

 その勇者が俺と同じ日本人……規格外にも程があるぞ。


「でも、それとこの透明な海に、どんな関係があるんですか?」


 戦争が行われた環境なら、普通は荒れるだろ? これはある種、それに対極する内容だと思うのだが。


「そうだな……体感してもらった方が分かりやすいな」


 船長はその一言と共に、紐の付いたバケツを水面に投げ入れ、水をすくい引っ張りあげた。そして、それを俺の目の前に置く。


「戦友よ、触れてみるがいい」


 何故そうさせるのかは分からないが、この状況で悪いようにはされないだろう……されないよね?


 彼の指示通りに、俺はバケツの中に手を入れ水に触れる…。


「──っ!」


 水に触れた瞬間、軽くビリっと来た! まるで静電気が発生したようだ……。まさかこの状況でドッキリかよ!


 俺のリアクションに、至極しごく満足する船長。


「流石我が戦友だ。リアクションも最高だ!」っと、頷き出した。──ご満悦してもらえて良かったですね!


「カナデ様、触られて痺れを感じたと思いますが、実はこの水には魔力が含まれているのです──」

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