第94話 レクトオクトパス 下

 いざ突撃したものの、雨の勢いが強く視界が悪い。


「これは鑑定眼が無かったら、空中で移動しながらの戦闘は無理だったな……」


 手で雨を遮るように覆い、鑑定眼を発動する。瞳を凝らし、レクス・オクトパスの状態を確認した。──やばいな……もう足の三本目が船に取りつこうとしてるじゃないか。このままだと本当に沈められる!


──ミコ! 急ぐぞ!


『はいカナ!』


 オールアウト号に取りついている足を切断するため、俺は船と足の接続点に向かい、降下し始めた。その時突然、目の前に一際大きな数字が近づいて……。


──ミコ回避だ! 攻撃が来てるぞ!


  俺の思考を読んでくれたミコは、すぐさま回避行動を取った。

 すると、すぐ俺の横を──グォォォォン! と、何かが通過して行く音が聞こえた。


 先程まで三本、船に張りつきかけていたのに、そのうちの足の一本を攻撃に回してきたのか!

 何となく予測はつくものの、この雨の中、数字や文字だけで判断するのは分かりづらい……。何とかする手だてはないのか?


──そう思ったその時だ。


 体から一瞬力が抜け、自身では抗うことの出来ない程の睡魔が襲う。視界が暗くなり、意識が刈り取られるように……。


『カナデ、起きるカナ! 寝たらダメカナ!』


──っは!


  危なかった、ミコの念話での大声が無かったら、完全に意識が飛んでいた!

 何だ今のは、敵の攻撃か? 魔力を切らした時のような感覚だったな……。


 そんなことを考えながら、再びレクス・オクトパスに向き直った。


「──あれ、姿が見えるぞ?」


 先程まで数字と文字しか見えなかった相手の姿が、まるでサーモグラフィーのように見る。体の中には、血管のようなものまでみえて……。


 思い出した! アルラウネ戦の時にも似た景色を見たぞ。もしかしてこれも、鑑定眼の能力なのか? どちらにしろ、今見えるのは有難い!


「──飛べ、ミコ! 速攻だ!」


 急加速で目標に向かって飛ぶ最中、レクス・オクトパスの第二波の攻撃をロールしながら避ける。そして、通りがけながら無銘を一閃した。

 攻撃に使われた、レクス・オクトパスの足は切断され、慣性の法則にしたがって飛んで行く。


──後二本切断すれば分断出来る。


「ミコ……次!」


 思考と同時に更に爆発的に急加速する。飛んでいると言うより、風に吹き飛ばされているようだ。

 想像以上の勢いに、体には風圧とGが掛かり、決して快適な飛行とは言えない。本音を言えばかなり背中が痛い!


『カナデ! 頑張るかな!』


 一瞬で距離を縮めた為、反応できなかっただろ?

 二度目の抜刀を行い、そのまま二本目を両断した。切断した足は吸盤がくっついたまま、船に垂れ下がり離れようとしない。──切れてるのに、なんて生命力だ。


──よし、後一つ!


 そう思い、もう一本の足を睨み付けた。しかし、レクス・オクトパスは諦めたかのように慌てて船から足を放し、海中へと潜り始めたのだ……。海中の赤い悪魔は、大きな水柱を立て海中へ沈んで行く。


 俺は不意打ちを警戒して、レクス・オクトパスの姿を探し続けた……。しかし、再浮上する気配は無かった。


「終わった……のか? ずいぶん、引き際が良いように思うが……」


 レクス・オクトパスが潜った周辺をいくら見ても、反応がなさそうだ。どうやら俺らは、助かったみたいだ。

 今思えば、まともにやり合ったら不味かったかもしれないな、一本ずつだから何とかなったようなものだ。

 もしかしたら、今まで斬られた事がなかったのかもしれない。頭も良かったみたいだし、引き際の良さも成長の秘訣って所か?


 そんなことをだらだら考えていると『カナデ、カナデ』っとミコが呼ぶ声がした。


「何だよミコ、敵でも残ってるのか?」


 嫌な予感がしたんだよ、こんなにあっさり終わるなんて、最近じゃ考えれないからな!


『──違うかな、魔力……切れたシ』


 ミコがそれだけ言うと、たすき掛けをしていた紐状の船員のシャツがポン! っと弾け飛んだ。

 布切れに変わったシャツが、目の前で空へと舞っていった……。


──っえ?


「そ、そっちかよぉぉぉ!」


 泣き声にも似た叫び声と共に、自由落下が始まる。フワっとした感覚が体の内蔵から内容物まで、何から何までを持ち上げるような、そんな感覚だ。

 俺は落下時、走馬灯が見えた気がした。──あ、川の向こうで、じいちゃんが手を振って……。


 しかしじいちゃんは、そちらに行くことを

許してはくれないらしい。


「──フグッ!」


 命綱がピーン! っと伸びきり、それが体を支えてくれたみたいだ。

 船の中腹ぐらいで戦闘を行っていたらしく、高さが低かった為、思ったよりは痛くなかった。


 遠くからは「ロープを引いて!」とトゥナの声がする。

 

 豪雨の中、ミノムシの様な格好で、俺は船の上に引き上げられていく。──それでも本当、何とかなってよかったよ。


 そう思い、俺は完全に油断していた。しかしこの世界の神様は、余程意地が悪いらしい。


 ブカブカなシャツを着た状態で逆立ちをしたらどうなるだろうか? そう、言うまでも無いだろう……。


──ベチャ!


「ふぃきが……ふぃきが、出来らい!」


 俺は今日、ここで死んだかもしれない──。

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