第95話 シャツ戦友

 あの後、俺は無事ではないが、船の上に引き上げられた訳で……。

 しかし、あの惨憺さんたんたる事件は、心には大きなトラウマを植え付けたのだ。──完全に心が折れたよ!


 船員達はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、温かい歓声と共に迎えてくれた。

 皆が無事で良かったけど、こんなにに落ちない勝利は初めてだ……。


 そしてエルピスのメンバーは、顔Tを見ていたのだろう……。誰一人と顔を合わせたがらない。っと言うよりは、合わせる顔が無いのかもかもしれないな?

 彼女達が悪いわけではないと言うのに……誰もこんな結末を、予想しなかったのだろ?


「カ、カナデ君……ありがとね? 助かりました……」


「カ……カナデさん、ありがとうございます! 格好……よ、よかったです~!」


 おいお前ら、怒らないから感謝の言葉は、もう少し近くで俺の顔を見ながら言え! ちょっとシャツから出た汁が、口の中に入っちゃったカナデさんの顔を見ながら言え!


  軽めに吐き気をもよおしていると、ティアと目が合い彼女も口を開いた。


「カナデ様ありがとうございました、貴方は私達の命の恩人です。今の心境を……男共の温もりに包まれた心境を、詳しく教えていただけないでしょうか?」と、雨の中なのに紙とペンを取り出す。


──やっぱ訂正だ! ティア、お前だけは距離を置いて、他所を向いて静かにしていてくれ、お願いします!


 くそ、助かったけど最悪の結末だ! それにしても、まさかあんな短時間で魔力切れになるとは……。

 しかし、魔力を完全に使いきると、マジックアイテムって壊れるんだな、勉強になったよ……。シャツが弾け飛んだときは、死を覚悟した…………。


──あれ……?


 視線を下げると、俺は今だ一枚のシャツを身に付けている、それを掴み何故だろうと思考した。この大きさは、船長のシャツだよな?

 そして俺は、ブカブカのシャツを握りしめ、一つの可能性に行き着いた。


「おかしい……おかしいぞ! なんで束ねたシャツは弾けたのに、船長のシャツは無事なんだよ!」


 驚きのあまり、声に出してしまった……。

 そして、俺の疑問に呆れた口調でミコが答えてくれる。


『──だって、そのマジックアイテムの魔力は使ってないシ』


 頭の中で響く彼女の声は、まさかの事実を告白した。だってそうだろ? このシャツもちぎれてしまえば、俺は船長の汗を飲まずに……いかん、考えただけで吐き気が。


──ミコ、なんで使わないんだよ? 使ってくれれば、顔に被ることも無かったんだぞ!


 疑問を問いかけた。結果を知っても、過去は変えることはできない。しかし聞かずには居られなかったのだ。


『そのマジックアイテム、どうしたら動くか、カナデ覚えてるカナ?』


 俺の文句に対して、ミコから質問が返ってきた。

 出港の時にティアが説明してた事だ、あの衝撃的な場面を忘れるはずがない。──どうしたらって……確か着用して魔力を貯めるだろ? そして脱ぐ事で……。


「う、嘘だろ……?」


『嘘じゃないシ。だから、脱いでないと魔力使えないカナ! ボク悪くないカナ! むしろ、何で着ちゃったシ。カナデ、自虐的カナ……。もっと、もっと自分を大切にしてあげて欲しいモン』


……ミコさん。そんな優しい言葉より、もっと早くその事を俺に伝えて欲しかった。


 ショックのあまり、俺は水浸しの甲板に膝をついた。

 濡れることなんて、汚れてしまった今となっては全く気にもならなかった。それより俺の心には、たった一つの思いが大きく……大きく膨れ上がっていく。


──そしてそれは、程なくして爆発するのであった。


「着なくても……よかったのかよぉぉぉぉ!」


 雨の音が鳴り響く中、俺の悲痛な叫び声が木霊こだました。

 周囲の人々は俺の声を聞き、状況を悟ったのか、皆が手で口を覆い、目を背ける。

 しかし、そんな暗い雰囲気の中、上半身裸の船長が俺の背後に立ち声をかけてきた。


「こちらで何とか解決することが出来ていれば、君にこんな気持ちをさせることは無かったな……すまなかった。だが、これだけは言わせてくれ! 君はやはり……我々の英雄だ、ありがとう!」


 そうか、こんな最悪な結末でも、一つだけ皆を守れたって結果があるじゃないか? それを素直に誇ればいい。何も恥ずかしい事など無いではないか……胸を張れ、俺!


「シャツ戦友ともよ! 元気を出すのだ!」


「──誰がだよ!」


 それだけツッコむと、俺は糸が切れたマリオネットの様にその場に崩れ落ちた。

 俺はその原因に直ぐに気づいた。──そう言えばシャツを着っぱなしだった……。


 俺の魔力はミコとの特訓もあり、底をついていたらしい。その中で戦闘を行い、更に魔力を使った。極めつけにこのシャツだ!


 魔力の回復量より、吸収量が上回った為か、なけなしの魔力を持っていかれたようだ……。


 その場で突っ伏したまま、意識が朦朧もうろうとした。

 肉体的な疲れと精神的な疲れのためか、意識が刈り取られるまでにさほど時間はかからなかった。


 意識が飛ぶ直前に、俺は願った……。


──願わくば、次に起きたときには、誰かシャツを脱がしておいてくれますように……っと。

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