第93話 レクス・オクトパス 中
彼女の指が指し示す方を見ると、ソコには雨の中、白いTシャツがバサバサと風を生み出している光景しか見えない。
「も、もしかして、あれってこれの事か?」
俺が吊られているシャツを指さすと「えぇ」とトゥナは頷いた……。
俺は自身の目と耳を疑った。──そんなことがあるわけがない、そんなことがあっていいわけないのだ!
「トゥ、トゥナ、何を言ってるんだよ。人を浮かせるって、相当な風力がいるんだぜ? ましてや、それで空を飛ぶって……ふ、風量の調整はどうなるんだよ? 俺はそんなこと出来ないぞ」
こんな時に不謹慎かもしれないが、出来る出来ないではない……嫌なんだ! だから少しでも断る理由が欲しい。それがないと今の状況、断ることが出来ないだろ?
「船を動かすほどの力があるのよ? 一枚では無理かもだけど……それが数枚ならどうかしら?」
よくない流れだ……最低でも試さないといけない流れ。しかしそれは嫌だ! なんとか、なんとかしなければ!
「か、体は浮くかもな? 試してみないと分からないと思う。でもコントロールはどうするんだよ? 風が出るだけじゃ人は飛べないだろ!」
もうこれで押しきるしかない! あぁ~でも、今のこの現状を打開する手だてもないし……でも、飛ぶことが出来なければ試しても仕方ないもんな?
『──ボクなら、コントロール出来るカナ』
──え? ミコさん、いま何ですと?
『だから、ボクならコントロール出来るカナ。カナデが触れてるマジックアイテムの魔力なら大丈夫だシ。武器精霊の由縁カナ!』
……出たよ! こんなタイミングでミコの謎の有能ぶりが、これって言わないとだめなんだよな? 船の乗組員、皆の命がかかっているわけだし……。
この後の事を考えるだけで 手が震える、喉が乾く……。一言、素直に話すことがこんなにつらい事だとは。しかし、覚悟を決めよう! 俺も男だ!
拳を握りしめ、目には涙を浮かべた。しかし俺は皆のリーダーだ、守る義務がある!
「な、なんとか出来るかもしれないって……ミコが」
「──本当なの!」
トゥナの食い付きが凄い、彼女に悪気はないのだろうが……やっぱり嫌だ! 嫌だ嫌だ! 筋肉ダルマが着ていた、汗と涙の結晶を身に纏うなんて嫌だ!
『でも、あそこに掛かってるのは魔力消費してるカナ。足りないシ!』
救いの精霊様がそこにいた。ミコ、ナイス! 断る理由が出来たじゃないか!
「あそこのは魔力が減ってて、魔力とパワーが足りないらしいな、残念だ他の方法を探そう!」
しかし甘かった様だ。それを聞いた船長と船員が、目の前で白Tシャツを次々と脱ぎ始めた。
「少年よ、話は聞かせてもらった。是非このシャツを使ってはくれないか? この船の命運を君に預けた!」
そのままその場に崩れ落ちる俺を横目に、ティアがせっせと何か作業をし始めた。
船員のシャツを捻っては縛って、捻っては縛って、一本の紐のようにしている。絞りを入れる度に何かが滴っている。──あれは雨だよな? 誰かそうだと言ってくれ!
そして彼女の手には、一本ものの見事なヒモの様な物が作られたのだった。
「──さぁ、英雄よ。これを身に付けるのだ、今こそ己が筋肉を震わせる、その時だ!」
「──さぁ、カナデ様! これを体に巻き付けてください! 彼らの体温を感じるかのように強く、強くです!」
おい、ギラギラするな! この変態どもが、ティアもこの非常時になに変態性発揮してんだよ!
助けを求めるよう、すがるように他のメンバーを見た。しかしトゥナもハーモニーも、俺と視線を合わせようとはしてくれなかった。
「カナデ君……ごめんね? でも、カナデ君しかいないの。お願い、みんなを……助けて!」
トゥナはこの雨の中、瞳から暖かい涙を流しているように見える……。彼女の願いはとても正しく美しい。しかし──方法がヒドイ!
「カナデさん……プッ、が、頑張ってください~。私達の命運は、そのシャツとカナデさん……クスクス、に、に掛かって……」
お前は笑ってるんかい! 笑いたければ笑えよ、その方が気が楽だよ!
「──あ~もう! 分かったよ。やればいいんだろ! やれば!」
俺は涙を流しながらシャツの一枚を着て、残りの紐状にしたシャツを、体にたすき掛けで巻いた。雨でビシャビシャの服の上から、更にビシャビシャを重ね着だよ!
「す……すごい、五倍以上の潮の香りがするぞ!」
──言ってみただけだよ、チクショウ……もうやけくそだ。
そして最後に念には念をいれ、バンジーの様に足を布で巻き、その上から命綱をつけ準備万端だ! マジでさっさと終わらせようぜ、マジで……。
──さぁミコ、頼んだ! 指示は思考を読み取ってくれ。
『分かったカナ! カナデの尊い犠牲無駄にしないシ!』
──あの? 犠牲とか言うのやめてもらえるか? 涙が止まらなくなる……。
それだけ念話でやり取りすると、体の回りに風が巻き起こる。打ち付ける雨も風圧で屈折する程の風量だ。
体が軽くなっているのが分かるぞ! 例えるなら脇を抱えられて、高い高いされる感じか?
徐々に風力が上がり、周囲の人達を風で煽りだす。周りが、台風真っ只中みたいに風を受けてる。──これなら……飛べる!
「それじゃぁ……行ってくる!」
そう言いながらできる限りの格好をつけ、 軽くジャンプをするように甲板から離れた。
フラフラしながらも「おぉぉぉ!」っと言う周囲の歓声と共に、俺の体が宙に浮き上がる。
「う、浮いてる! 浮いてる!」
『カナデ! しっかり飛ぶ姿をイメージするカナ!』
ミコの指示に従い、動きたい姿をイメージすると想像してた通りの動きができる。
自分で体勢を維持するのではなく、自動で風がバランスを取ってくれる。
──よし、これなら無銘だっても振り回せそうだ!
しかしそうなると、ひとつの疑問が残る。ミコの普段の魔力コントロールの下手さ加減、それはどうしてなのか……っと言う問題に行き着くわけで。
『そんなことより早く行くカナ! 魔力切れるカナ!』
──お、おぅ悪かった。行くぞミコ!
念話での掛け声で爆風が起き、勢いよくレクス・オクトパスに向かって雨の中突き進む。自身に風とキラキラした何かを纏わせて……。
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