第92話 レクス・オクトパス 上

 ここからじゃ、状況の確認が出来ないな……。先ほどの揺れの感じからするに、船尾の方で何かあったのか? 船の速度も、明らかに落ちている。


「船に取りつかれたのかもしれないわ、船上なら私達も協力できることがあるかもしれないわね」


 確かにトゥナの言う通り、自分達の命が掛かっている以上、知らないふりって訳にもいかないか……。


「あぁ、もう! 行きたくないけど様子見にいくぞ!」


 ヤケになった様に上げる掛け声と共に、皆で船長のいる場まで移動を始めた。しかしこの時は、この判断があんな凄惨せいさんな事件の引き金になるとは、誰も想像することはできなかった──。


 俺達は甲板に上がり、船尾に向かった。そこにはすでに、船長と複数人の船員がいる。表情が曇っている……彼らの様子を見る限り、余り状況が良くなさそうだな……。


「──船長様! すごい衝撃がしましたけど、状況はどうなのでしょうか?」


 ティアの質問に、親指を立て「非常に不味いな、このままだと……」それだけ言うと船の後ろを指さした。──見て見ろって事なのか?


──うぉ! で、でかいな。


 船の裏を見ると、レクス・オクトパスの足のうちの一本の吸盤が、船の後部に辛うじて張り付いている状態だ。

 そのさらに奥には、巨大な赤い物体が一定距離を保ち、水面に引きずられている。──やっぱり、減速の理由はこれか。


 船員たちはレクス・オクトパスに向かい、交代交代で随時バリスタで撃ってはいるものの、奴は船から離れる素振りが見えない。


「今は水中を引きずってる様な状態だが、何とか引き離さないとこの船に取りつかれるのも時間の問題だな……どうしたものか」


 この船で一番強力な武器がバリスタなのだろう。船長はこの状況に頭を悩ませている様だ。──これはまた、絶望的な状況だな。


 足一本でも、タコの吸盤の力なら簡単には剥がれないだろう。しかも、あのサイズのタコ、吸盤もかなり強力なはずだ。


「──あの~? カナデさんなら、あの足を切ることが出来るんじゃないですか~?」


 ハーモニーの何気ない一言で、俺に注目が集まった。


  一瞬、彼女の発言の意味が理解できなかった。足を斬るって事は、つまりここから奴の足が付いてる船の最下部まで降りないと行けないって事だよな? しかもこの大雨の中外から……。


「──っておい! 飛び降りて斬ってこいって言うのかよ、流石に死ぬわ!」


 彼女の言う通り、確かに斬って斬れない事はないと思う。じいちゃんの無銘なら、タコ足ぐらいスッパスパだろう。でも流石に、周りのために自分が死ぬ勇気はない。それは勇猛とは言わない、ただの無謀だ。


「い、いえ。死んでこいって言ってる訳じゃないですよ! ロープとかで落ちないように縛って飛び降りてですね?」


 な、なるほど……。バンジージャンプみたいにって事か。

……ん? 船の上に人の体重を支えれるほどの、ゴムの様なロープなんてあるのか? もしかして普通のロープを言ってるか?


「いやいや……この高さから普通のロープで飛び降りてみろよ。関節おかしくなるか、骨が折れるわ!」


 下を覗くと、日本の建物で言う所の軽く二、三階程の高さがある。この高さから自由落下で飛び降りるとしよう。体に固定したロープの命綱、一本で飛び降りるのを想像してもらえばわかると思う。縛ったところに一気に衝撃が掛かり、洒落にならない事になるだろ!


「そ、それなら、上からゆっくり下ろすのはどうですか~?」


「それも良くないな。風にあおられて、縛られたところにかなりの負担が掛かるはずだ。長時間は危険な上に、レクス・オクトパスの足の上に下ろすのも困難だろう。そして何より、彼が奴に捕まる可能性も考えられる」


 俺達の会話に、まさかの船長の助け船が出た。──船長だけに助け船……って言ってる場合じゃないか!


 話は平行線のまま先に進まない。俺達が悩んでいる最中も、バリスタでの攻撃は続いているが……これと言った効果は見られない。

 しかしその最中、レクス・オクトパスは自身の足に、他の足を絡めるようにしながら、徐々に船へと足を近づける。


 くそ! それなら水圧の中でも足が流されず、接近できるわけだ! タコって頭もいいのかよ!


「あのね? ……ううん、やっぱり何でもないわ」


 トゥナはハッとした表情をすると、その後すぐに表情を曇らせ口をつぐむ。──何かしら考えがあったのだろうか? 


「トゥナ、今は少しでも対策になるアイデアが欲しい! 思いついたなら何でもいい、教えてくれ!」


 解決策のない暗い雰囲気中「もしかして、なんだけど」と、トゥナの口が開かれた。──奴が近づいてくる! 対策も時間も無さそうだ……彼女の案にすがるしか。


「──カナデ君、空飛べたりしないかしら?」


 ハーモニーの次は、トゥナの口からとんでも発言が飛び出した。

 どうやら彼女達の俺に対する信頼は、とうとう人間離れ扱いするところまで来てしまったらしい。


「あのな、トゥナ。確かに俺はこの世界の人間では無いかもしれないが、それでも普通の人間なんだぞ?」


 俺は頭を抱えため息をついた。言うまでもないトゥナの真似だ。


「えっとね、そうじゃなくて……あれとか使えないかしら?」


 彼女の発言を聞き、トゥナの指差す方を見た。──あれ? 雨のせいかな……ちょっと目が霞んで見えないぞ?

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