第90話 特訓回 再び

 トゥナとの模擬戦から数日が経ち、あのときの出来事はまるで忘れ去られたかの様に平穏な時間が流れる……そんな正午の事だ。


 ふと空を眺めると、どうやら暗雲が太陽を遮っているためかいつもの眩い光が浴びれず、心なしか帆にしているシャツも元気が無いように見える。

  頬を撫でる風は湿気をおびている気がする。──もしかしたら、一雨来るのかもしれないな?


 そんな晴天とは言えない天候の中、今日も今日とて甲板でミコと特訓をしている。


 特訓の内容は前回と同じだ、ミコの魔力コントロールを鍛える特訓……。天候の為か? 今日は無銘がよく輝くな……前の特訓の時の二倍、三倍? いやいや、十倍ぐらいは光って……って、そんな訳ないだろ!


 空を見上げていて、完全にミコから目を離していた! 鑑定眼で、自身を凝らして見ると異常な速度で魔力が減っているのが分かる。


「おい、こら! ミコ、ストップ! もういいから……もういいから! 吸いすぎてるから!」


『ヤメナイカナ! この前のおでこビシッ! の仕返しだモン!』


──こいつ、わざとかよ!

 

 手に持っている無銘は、さらに輝きを増していく。傍から見たら、さぞ綺麗に見えるだろうな!


「ミコ、ごめんなさい! 謝るから、謝るからこれ以上吸わないでくれ! 倒れる、倒れるから! 干からびちゃうから~!」


 膝の力が抜けカクンっとなり、甲板に無銘を持ったまま突っ伏した。

 俺の謝罪の言葉……念話を聞いたのか、ミコは何とか光るのを止めてくれた。──や、やばかった。危うくミイラになる所だった。


 その姿を遠目から見ていたのか、トゥナが近寄ってきて「カナデ君……あなた本当に、何してるの?」と声をかけてきた。デジャブだ……。


「何って、この前も見ただろ? 特訓だよ。……なぁ、トゥナ? これって、特訓だよな?」


「聞かれても知らないわよ……」


──俺も同じことを聞かれたら同じように返答していただろう。


 何とか手を使い立ち上がり、軽くストレッチをしながらトゥナに向き直る

。しかし残念な事に、彼女の頭の上についていたモフモフの癒しが無くなっていた。──次にレアトゥナさんに出会えるのは三十日後か……。


 それにしても眠気は酷いものの、何とか普通に動けるレベルで吸われてるな……。ミコの奴、力加減は一向に上達しないのに、俺の魔力をギリギリまで吸い出す事ばかり上手くなりやがって!


 そんな事を思っていると、冷たい何かが頭に直接当たった。


「あっ……降って来たわね?」


 上を見上げると、空からの雫が俺の頬に伝って流れて行く。そしてそれは徐々に……徐々にとその数を増やしていく。──魔力も切れたし、特訓を切り上げて部屋で昼寝もいいかもな。


「取りあえず、屋根のある所に行こうか? 本降りになりそうだし」


「そうね、風邪引いたら困るものね」


 雨脚が強くなっていく中、俺達は濡れない場所にまで移動した。本格的に降り始めたそれを見届けた後、船室へ向かおうと思った……。そのとき男の大声が聞こえた。


「緊急事態! 緊急事態!」


 船員の大きな声と共に、カンカンカンっと金の音が鳴り響く。それを聞き付けたのだろう、船員達が慌ただしく動き出した。──い、いったい何があったんだ!


 目の前から、雨に降られながらハーモニーとティアが俺達の元へとやって来た。

 様子からするに慌てているように見える。もしかしたら今の状況を、何か知っているかもしれない。


「ハーモニー、ティア、何があったんだ? 緊急事態らしいじゃないか」


「ま、魔物ですよ! 船の進路上に大型の魔物が現れたそうですよ~!」


 海上で大型の魔物だと! なんでこうも厄介事に巻き込まれるかな……言うほど日頃の行いも悪くないだろ?


「──急げお前ら、このままだっと奴に取り付かれるぞ! 面舵いっぱ~い!」


 船上では船長の指示が鳴りとどろき、激しい揺れと共に船首せんしゅが大きく右側に傾く。俺達はその激しい揺れを、近くの壁につかまりなんとかやり過ごした。


「──なんでここまで接近される前に気付けなかったんだ!」


「すみません船長! 天候が悪く、しかも海中から接近されて気づくのに遅れました!」


 上の階から、船長と船員のやり取りが聞こえる……。船長の厳しい口調から推測すると、状況は良いものではないのだろう。


「そうか……怒鳴ってすまん、過ぎた事を責めても仕方がない。──総員戦闘準備! 全速力を維持しろ、奴から逃げ切るぞ!」


「──アイアイサー!」


 俺達は状況確認のため、上の階に向かった。先ほど船長が話していたと思われる船員とすれ違い、その先には白いパツパツTシャツに身を包む船長の姿があった。


「ん? やぁ、君達か。すまない、少々厄介な状況に出くわしてしまっている。危険だから船室へ避難をお願いしたい」


「そんなに状況が良くないのですか?」


 ティアの質問に、船長は海図を広げ指をさしながら答えた。


「潮の流れと天候が悪いな……現状では、この船のパフォーマンスを十分には発揮できない。何より相手が悪い……奴が現れたのだ」


 船のパフォーマンスって……Tシャツが濡れて力がでない。っとでも言うのか? っと突っ込みたいがこの場は我慢する。俺は頭を丸められて学習したのだ!


「船長様……奴とは、どのような魔物なのでしょうか?」


 俺達は、船長の口から知らされる事実に耳を傾ける。──いったいどんな魔物なんだ……。まさか! 海竜とかじゃないだろうな?


 船長は雨降る海を睨みつける様に見つめ、一言だけ答えたのだ。


「海中の……赤い悪魔だ……」っと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る