第89話 模擬戦終了後
あの痛ましい事件からずいぶんと時間も経ち、目の前の景色は燃えるような真っ赤な夕焼け一色に染まっている。
その綺麗な夕焼けをバックに、首から板を下げ正座中の俺。──この姿も、板についてきたのじゃないだろうか? 板を下げているだけに……。
先程のお祭り騒ぎが嘘であったかの様に、甲板は船員達によってきれいに片付けられた。それが本当に嘘であれば良かったのに、っと切に思う。
一身上の都合で、しばらくここに居て分かったことが一つあった。
「あの帆にしてるTシャツ……朝昼晩と付け替えてるのかよ!」
くそぉ、そんな情報は別知りたくなかった! でも仕方ないだろ? 目に入っちゃうんだもん。
俺のそんな姿をみてか、マジックバックの中でずっと笑い声が聞こえる。
「ヒッヒッ、カ、カナデ。トゲの短いウ、ウ、ウニみたいカナ。フッヒヒ」
──よしミコ、後でデコピン百叩きだ!
ミコが言う短いウニとは、ハーモニーの手によって生み出された俺の坊主頭の事だ……。──男がコロコロ髪型変えても、何処にも需要が無いだろうに。 しかし、失ってしまったものはもう戻らない。
刻々と深まる茜色の空に、足音が響いた。誰か来たのか? っと振り向くと、目の前にはケモトゥナ……もとい、フォルトゥナさんが立っていたのだ。
「──カナデ君、少しは反省したかしら?」
彼女の声に、俺は今日一番の土下座を見せた。これが本場日本の土下座だ! っと……。
「この通りです! どうかお許しを!」
トゥナは「よろしい」っと笑いながら、俺の首から看板を取る。ひとまず、これで釈放されたってことでよいのだろうか?
自由を手にいれた俺の隣に彼女は座り「マジックバックに入れておいて」と手渡たしてきた。──次何かやらかしたら、自主的につけようか?
彼女から渡された物を仕舞いながら、俺は何食わぬ顔で疑問を問いかけた。
「所でどうしたんだよ? その耳、前はなかっただろ。それになんで俺には秘密にしていたんだ?」
俺の質問に「う~ん」っと顎の下に人差し指を当て、トゥナは悩むように空を見上げた。
「何でだろう? 嫌われたく無かったから……かな? それとは別に、絶対に触らせろって言うと思ったからかな。でもバレちゃったわね……。姿を消して、こっそり触るとかも考えれるわ」
腕を抱えながら身震いするトゥナ。耳までペタン! っとなっている。──どれだけ俺に触られたくないんだよ。っていうか、俺のイメージ悪いな!
「実はね? 私は人族と獣人のハーフなのよ。 一般的に、忌みはばかられる対象となっているわ。この耳は、一定周期……三十日前後で四、五日ぐらい出てくるのよ」
へぇ~……半獣ってやつか? 見た目は完全にちょこっと耳の生えた人間だけど……。尻尾もあるのだろうか? なぜこんなに可愛らしいのに嫌われるのだ、意味が分からん!
それでは後、数日たったら彼女のこの耳ともしばらくお別れなのか、残念! ところで三十日前後って……。
「──それって生……」
俺がそこまで言うと、鋭い眼光で睨み付けるトゥナ。──耳の毛まで逆立ってる! 確かにこれはデリカシーがないよな? 危ない危ない。
「生命力……そう! 生命力が弱まった時に出てくるとかなのか?」
よくやった俺! 見事な誤魔化しである。もう、これ以上はミスは許されないのだ。彼女は俺が言おうとした事を理解したのだろう。頭を抱えるようにして溜め息をついた。
「やっぱり、耳があったりすると差別の対象とかになるのか? それって獣人の証みたいなものだし……。俺も見て来たけど、いい扱いは受けていないんだろ?」
脳裏にウサーズがチラついた。あいつらも不当な扱いを受けて来たみたいだしな?
「そうね……グローリア大陸ではそれを気にして隠してたのよ。でも、あの国だけじゃないかしら? 未だに亜人差別が残ってる国は」
う~ん、同じ人として、聞いてると複雑な気分だ。人間の国だけが亜人を認めていないって事だよな?
「他の国では亜人差別は無いけど……代わりに私の様な混血に対する差別が強い国があるわね。それも、かなり多くの国で……」
「もしかして、エルフも混血を嫌ってないか?」
俺の回答に、彼女は首を縦に振った。──地球でのエルフのイメージにも酷似してるな。
「あの国は、特に純潔主義の国家ね。信じられてる宗教でも混血を禁忌としてるの。歳をとってるエルフほど、その思想が強い傾向があるわね……」
「じゃぁ、ハーモニーはどうなんだ? トゥナが混血なのを知ってるんだろ?」
普段見ている限りでは、仲良く接してると思う。実はあれが表面上の関係なら、何か嫌だな……。
「彼女のこの前までいた孤児院にも、混血がいたらしいの。それでかしら? ハーモニーは、私の事をすぐに受け入れてくれたわ」
トゥナは、ハーモニーの事を笑顔で説明した。実際に嬉しいのだろう、耳がパタパタ動いている。──か、可愛いすぎるだろ、これは。
「なんで受け入れられないんだろうな? トゥナのその耳、すごく可愛いじゃないか!」
興奮のあまり、つい立ち上がり力説した。俺には信じられなかった……可愛いものを素直に愛でることが出来ない、そんな男どもが居ることが!
しかしどうやら、つい興奮しすぎてしまったようだ。トゥナは俯き顔を真っ赤に染め上げている。
「カ、カナデ君がどう思ったとしても絶対にさわらせないからね……」
トゥナの耳のパタパタがスゴい。──これ本人無自覚なのか?
微妙な空気になってしまった、二人の間を静寂が包む。夕焼けが俺とトゥナの頬を赤く染め上げ、俺の手は彼女に伸び……。
「──カナデさ~ん、トゥナさ~ん。ご飯の準備が出来たそうですよ~」
ハーモニーが船内の入り口から大声で声をあげた。それに驚き、俺の手は引っ込んでしまった。──お……俺は何をする気だったんだ。
「……飯いくか?」っと、トゥナに向かって行き場を失った手を差し伸べた。
俺の手を取った彼女は「うん、いこうか?」と、笑顔で答えてくれる。
そのまま彼女を、引っ張るように起こした。
そして、夕日の中手を引くように彼女をエスコートして、仲間の所にもどるのであった。
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