第88話 トゥナの秘密
俺は帽子が取れたトゥナと目が合った。彼女の頭部には、今まで付いていなかったはずの、愛らしいモフモフが存在していた……。
やっちまった……これは言われずとも分かる。しかし、あえてもう一度言おう。完全にやっちまった。
会場は、あまりの出来事に静まり返った。木刀が地面に落ちた、カランカランっという音が響きわたる。
そして幸運なのか不運なのかは分からない、空に舞った帽子は俺の手元に落ちてきたのだ。──こ、これはどう見ても、わざとやったみたいに見えるよな?
目の前では、トゥナが涙目でしゃがみこむ。頭に生えている、獣耳を隠すように……。
い、今まであんな耳が生えていただろうか? ──いや、それより謝らないと!
わざとじゃないにしても、隠していた以上彼女はあの耳を気にしていたはずだ。そう思いながらトゥナを見つめ、俺は謝罪の言葉を述べた……。──はずだった。
「トゥナ、その耳もふらせてくれ!」
「──だからカナデ君に見せたくなかったのよ!!」
……あれ?
トゥナは、俺に向かって獣耳をピーン! と立て、帽子を奪いながら食いぎみで答えた。
俺達のやり取りを見て、当然観客席からブーイングの嵐が巻き起こる。それはそうだろう。あれだけの死闘を行った対戦相手の帽子を取り上げ、
ブーイングの嵐が止むことはない……。それどころか、会場の方からはさらに大きな嵐が二つ俺の方に向かって来たのだ!
「カナデさん……私だけじゃ飽きたらず、トゥナさんにも手を出すんですか~? 反省が足りていないようですね。良く分かりました~……」
落ち着けハーモニー。言い方、言い方が悪いから!
「カナデ様、
ティアさん……冗談ですよね? それ冗談に聞こえないから!?
彼女達は先程まで俺達が対戦していた、ロープの中に入ってくる。 ティアの手の中にはこの前の板。
ハーモニーの手には何に使うつもりか分からないが、ハサミが握られていた。
「私の耳をあんなにもいじり倒したのに、あれだけでは満足できなかったのですね? カナデさんは、大きくて柔らかい方が好きですか~そうなんですか~……」
「白昼堂々このような行為に及ぶとは……少々、前回のお仕置きが足りなかったようですね? 折檻ですかね、これは折檻が必要ですね!」
全身から汗がとめどなく吹き出る。逃げようと思えば逃げることは出来る。
しかし、海上では捕まるのは時間の問題だ。だがこのままでは、絶対に不味いことになるぞ!
「お、落ち着こうな? 事故……そう! これは不幸な事故だから」
ギリギリまで恐怖に耐えたが無理であった。俺は彼女達から背を向け走り去ろうとした。
「「──逃がしません!」」
話せば分かると、直前まで説得した自分が馬鹿だった……。世の中、話し合いだけでは解決しない事もやはりあったのだ。──つまるところ、逃げ遅れて彼女達に捕まってしまったのだ。
「なぁ、ハーモニー。その手に持っているハサミで何をする気なんだ? 刃物は危険だぞ、人に向けちゃ~だめだ……。ねぇ、酷い事なんてしないよね?」
ハーモニーは、捕まえた俺の肩を強く握りながら小首をかしげる。
「大丈夫ですよ~? 匠が磨いた……つまりカナデさんが磨いたハサミです。切れ味は抜群ですので。動かなければ痛くないので安心してください」
──それなら安心だ……ってなるわけないだろ!
ハーモニーを説得する最中、ティアが正面に回り込み俺の頬をビシン! っと両手で挟んだ。
「カナデ様、大変お世話になりました。あなたは今から生まれ変わるのです」
どうやら神は俺を見放したようだ……そう思って諦めた……その時だ!
「ま、まって! ハーモニー……そこまでしなくてもいいから」
て……天使、きたぁぁぁぁ! こ、この状況で、まさかのトゥナからの待ったの声だ! 助かるのか? 俺は助かるのか?
「私だって……カナデ君だけに隠してた訳だし、今回はこれぐらいで許してあげてもいいかなってね……? まだ実害もないわけだし」
彼女の言葉を聞き、いたく反省をした。 彼女に悪い事をした、心から謝りたいと思い、その気持ちを口にする。
「わざとじゃ無かったとは言え……本当にごめん、トゥナ」
「反省してるのよね?」
彼女の質問に、全力で首を縦に振った。猛反省している! もう二度としないからトゥナ助けてくれっと。
「私の耳……触ろうとしないわよね? 約束できるかしら?」
少しの間が開いたものの、俺は頷いた。トゥナのケモミミに触りたいが、彼女が嫌がってまでする気はない! でも目の前には、美少女の獣耳姿が……。可愛いものに可愛いものが生えているって反則だろ? ケモミミのトゥナに触りたいのは本音だ! それでも自分の身の安全が第一だ、よし!宣言するぞ!
「嫌がるなら絶対に触らない! だから、許してください、ケモトゥナさ……ん……」
──混ざった! ケモミミのトゥナが混ざった! 心の声がポロリした!
俺の発言の後、トゥナが右手の親指を立て「ハーモニー、やって!」っと刑執行のジェスチャーをした。
合図と共に、俺の耳元でハサミで何かを切る音が響き渡る。そして、目の前を何かがヒラヒラと通り過ぎて行ったのだ……。
「あ、あぁぁぁ~!!」
今回の模擬戦の結果。最終的に俺は、試合に勝って勝負に負けたのであった……。
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