第87話 対決―カナデ対トゥナ─

 スタートの合図と共に、トゥナは鋭い突きを俺に向け地面を蹴り飛び出した。──寸止めする気がないだろ!


 しかしそれを見た俺は、その突きをすぐに避けはしない。

 ギリギリまで引き付けると、ガキンッ! っと言う甲高い音を響かせ、抜刀で彼女が突きだしていたレーヴァテイン型の木剣を弾いた。


「ひとつ……」


 俺はトゥナにだけ聞こえるように呟き、それを聞いた彼女は驚いたように目を見開いて、大きく後方に距離を取った。


 観客席からは「おぃ、今何があったんだよ?」と、呟く声が聞こえている。


 トゥナは、今の一瞬の攻防で額に汗を浮かべる。先程のやり取りの為か、俺の言葉によるものか分からないが、彼女から無闇に飛び込んでくる気配は無くなった。


 彼女は剣を前に構え、ステップを踏みながらフェンシングの様な構えに切り替える。──間合いを測り、牽制するつもりだろうか?


 思った通り、トゥナは少しずつ間合いを詰める。そして、届くか届かないかの距離で右足と共に突きをしてきた。

 俺は半歩下がり彼女の突きを避けると、 続けざまに二度目の突きが飛んでくる。


 お互いの間合いは変わっている様には見えない、しかし今さっきの突きより射程が長い。ほんの少しだけトゥナの踏み込む距離が伸びているようだ。


 それに合わせさらに一歩下がりその突きを回避すると、三度みたび突きが飛んでくる。それを今度は、タイミングを合わせながら横に回避し、一歩を踏み出し斬ろうと試みると、慌ててトゥナは距離を取った。


「へぇ~……間合いの読み方が上手いな?」


「それはどうも……。カナデ君は隙だらけに見えて誘ってくるからやりづらいわね?」


 そしてまた、少しずつ距離を調整しながら、射程ギリギリから突いてくる。──やりづらいのはお互い様だよ、中々にいやらしい攻撃だ!


 その後の彼女が繰り出した突きに合わせ、強引に前に出る。彼女の木剣を払いのけ「ふたつ!」と声を上げた。


 トゥナは再び驚くような顔で、慌てて下がる。肩で息をするほど呼吸が荒くなっており、額にはにじんでいた汗が垂れ落ちている。

 彼女の状態から察するに、トゥナは俺が数えている数の意味を理解したようだ……。


 俺の言葉にしている数の意味。それは、俺がトゥナを斬ることが出来た回数だ。お前は俺が数えただけ殺されているぞ? っと言う忠告……。

 見ている人は分からないだろう。彼女が感じている緊張感と不安、焦りと恐怖を……。

 そしてそれらによって、彼女は激しく疲労を感じているはずだ。それが目の前の彼女の呼吸の荒さと汗の原因となっている。


「どうしたよ、トゥナ。随分と逃げ腰だな?」


 俺が距離を詰めようとすると、それ以上にトゥナは距離を取り離れようとする。まるで、何かから怯えて後ずさるかの様に。


 その姿を見てだろう。観客からトゥナに向かって「頑張れ!」と声援が送られた。

 そして、彼女の下がる足は止まった。──しかしその言葉は逆効果だった、今の彼女から逃げ場を奪ったのだ……。


 トゥナが木剣を、自分の回りで何度か振り回しながら「ふぅぅっ……」と深呼吸をし、右足を下げ体を低く構えた。


「来る気だな……かかってこい、トゥナ! 迎え撃ってやるよ」


 彼女から、まっすぐ向けられた瞳を見れば分かる、どうやら覚悟を決めたらしい。

 この彼女の強い意志が、俺を含め観客の心までをも引き付ける。──心を折るなら……ここしかないな!


 会場の歓声は、今ではトゥナ一色だ。本当にやりずらいったらありゃしない!


 木刀を鞘ごと、腰の帯から外した。左手で握り抜刀の構えを取る。

 争い事は嫌いなはずだが、今この時は心が弾んでいる。彼女の心意気があまりにも素晴らしく胸の熱が……興奮が冷めやらない!


──俺も全力を出すとしよう! 彼女の粋な心に答えるために!


「「勝負!」」


 お互いの叫ぶ声と共に、同時に地面を蹴った。

 彼女は距離を一気に詰めながら、俺が手を出すより早く、届かぬ少し手前から無数の突きの連打を行う。

 同時に攻撃しても、俺の方が早い為の対策なのかもしれない。


 俺は様子を見るために下がるものの、彼女が詰め寄る速度の方が早い。──距離を取らせない気だな?


 先程みたいに弾くのも容易い。それほどまでに、男女の体格差、力の差は剣の世界では大きい。

 しかし、彼女はその差を埋めるため、洗練された剣技と早さに特化した戦いを身につけたのだ。

 彼女は屈辱に感じるかもしれない。しかしそれを、力業で弾き簡単に終わらせるなど、無粋なことはしたくない!


 無数の突きを、俺は回避と抜刀で受け流していく。

 もしかしたら彼女は、抜刀術が連打に弱いことに、気づいたのかもしれない。この無謀にもとれる無呼吸での連打はそのためなのかもしれないな?


 このまま息切れを待ってもいいが、今の彼女と正面から打ち合いたい衝動に駆られた。


 嵐のようなトゥナの乱打を見極め、鞘で受け上に押し退け顔を近づけた。


「──みっつ……」


 彼女の顔が恐怖に染まる、しかし闘争心は薄れていない様だ。例え実際の戦闘であろうと、彼女は斬られても命ある限り戦うだろう……。


──その心意気、まさに粋なり!


 俺は下がる彼女に、体が触れるほど超接近をした。この距離では長剣を使い、上段攻撃で相手を斬ることは、非常に窮屈だろ?


──剣士なら、この状態から何をするだろうか? そう、引き面が最適解なのだ。


 トゥナが引き面の動作に移ると、それを予想していた俺は、いち早く左手の鞘で、彼女の持っている木剣の柄頭を突いた。


 俺の鞘に当てられたトゥナの木剣は、彼女の手から離れ宙を舞う。

 そして俺は無慈悲にも、木刀を彼女の目前で切り上げ「よっつ……」と口ずさんだのだ。


「……あっ!」


 木刀の先端がトゥナの帽子をかすめ、木剣の後を追うように空へと舞い上がってしまったのだった。

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