第86話 歓声と再戦

「──やぁ、エルピスの諸君! 今日も中々良い目を……。おや? 少年は何故か眠そうな目をしているな?」


 そう言いながら船長が普通に登場した。──あれ、ポーズがない。ハッ! おかしいぞ? 普通の登場に、若干物足りなく感じてる俺がいる。


「どうした少年、寝不足なのか? 筋肉にハリツヤがないぞ!」


「い、いえなんでもないです……」


 複雑な気持ちを胸に秘めたまま「あの? この小さなイベント会場みたいな雰囲気は何なんですか?」と俺は疑問を口にした。


 その言葉を聞き、船長がとても深刻な面持ちで俺を見つめるのだ……。


「海の上はな……?」


「は、はい……」


 船長は言葉を溜める。もしかして、異世界ならではのルールや催し物があるのか! この世界の伝統に触れる、またとない機会かもしれない。


「船の上はな、娯楽が少ないのだよ! だから君たちの熱いパッションに当てられて、ついやってしまったのだ!」


──何だよそれ! お前か、お前が主催で指揮を取ってたのかよ! 分かってた、薄々分かってはいたけどな!


「ハッハッハ!」と笑い、筋肉を震わせる船長。ピッチリとしたシャツ越しに、胸筋を左右交互にピクンピクンっと震わせる。──喜びの表現なのだろうか……。


 どうやらご満悦な船長は、俺が手に持っているものに気づいたようだ。


「おぉ、それが昨日言っていた木剣なのかい?」


 マジマジと興味深そうに、近づいて見てくる船長。──俺の周囲の温度が少し上がった気がするが……気のせいだろう。


「俺が住んでた所では、この形状は木刀と言うんですよ」


 そう言いながら、木刀を鞘から引き抜き船長に渡して見せた。


「なるほど……いい出来じゃないか。それじゃぁ、勝負はいつでも行けるわけなんだな?」


 船長から木刀を受け取った俺は、自分の肩に木刀をトントン当てながら空いた手の親指を立てる。──今回は徹夜してまで作ったんだ、ちょっとだけ気張ろうか!

 そして、直ぐ隣のトゥナも「えぇ、いつでも行けるわ」とヤル気満々だ。


「二人とも、いい気迫だ! たぎる……滾ってきたぞぉぉ!」と、船長は力強くハイ、ワンポーズ【モストマスキュラー※1】。──凄い! 胸筋のピクピクが止まらないぞ、どうやら興奮冷めやらぬ様だ。


「じゃぁ、早速中央に向かって貰おうか! 着いてきてくれ」


 さて、到頭とうとう再戦か。前回は見せ場が無かったしな? 正直今でも乗り気ではないのだが、致し方ない。


「二人とも、頑張ってくださいね~! 怪我だけはしないようにしてくださいね~?」


「フォルトゥナ様もカナデ様も、御健闘楽しみにしております」


 背後からハーモニー、ティア両名の応援の声が聞こえる中、先導していく船長の後を着いていくように俺とトゥナが歩き出した。

 観客席に座る船員達が、次々と「うぉぉっぉ!」っと声を上げる。花道を歩く俺達は筋肉達の声援と共に入場する事に。──海だから仕方がないが、この状態での潮の香りがすごい嫌だな……。


 船の中心部は、かなり広めにロープを使いリングが作られている。十中八九じゅっちゅうはっく、俺とトゥナはここで戦うのだろうが。


「──ここは場所が悪いだろうに……」


  頭上を見上げるとバッサバサ、キッラキラとシャツが風を生んでいる。徹夜して頑張ったのにこの仕打ち、これは何処にクレームを出したらいいものなのだろうか?


「お前達、待たせたな!今しがた御二方の準備が整った!」


 リング内に俺達が入ると、筋肉達の歓声が鳴り響いた。観客からは「切れてるよ!」「兄ちゃん仕上がってるね!」などの、謎の声援まで聞こえてきた。──あれ? 無性に帰りたくなって来たぞ。


 俺達は互いにロープの端と端に立ち、歩き向かい合うようにして立つ。

 トゥナは、声援を送る観客達に、顔をひきつらせながらも手を振り始めた。彼女の生まれの為なのだろうか? ファンサービスを忘れない……中々に手慣れた雰囲気だ。


 今回は前回と比べ物にならないぐらい人が多い、船員全てが会場にいるのではないか? っと思うほどだ。本格的な主役の立場に俺は若干ブルっている。筋肉共の圧が半端なくすごいのだ。

 それに先ほどから歓声の声がおかしい。誰だよ! 今、よ! グレートプリケツ! っとか言ったヤツ。トゥナに言ったとしても、俺に言ったとしても、完全にアウトだからな?


 船長が両手をあげると、騒然としていた会場が一気に静かなものへと変わった。──そろそろ始める様だな?


「さぁ今から我らが英雄、御二方の模擬戦闘を行う! ルールは昨日同様だ。相手に武器を当てることなく、心を折った者の勝ちとする!」


 おい、言い方! その言い方だと、俺が勝ったら悪役、負けてもヘタレみたいでイメージ悪いだろ!


「さぁ、開始の合図をするので、準備をしてくれないかぁ?」


 船長の言葉に、俺は抜刀の構えを、トゥナはいつもの低い姿勢の構えを取った。

 バサバサと風が帆を撫でる音と、波の音だけが世界を支配したかの様に静けさを取り戻す。会場には何十人といるはずだが、皆が息を飲みスタートの合図を待っているのだ。


 船長は、その光景を満足そうに……嬉しそうに眺めた後、片手をあげる。

 そして、勢いよく手を下ろしながら「開始!」の合図をしたのであった──。

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