第80話 さらばグローリア大陸─絶望の宴─

 俺達エルピスは、何はともあれ無事に船に乗ることも出来た。

 そんな中、俺に関しては若干女性人から距離を取られている気がしなくもないけど……。気のせいだよね?


 それにしても、船が海に出た途端船員達が生き生きしてるな。

 お揃いの白いシャツをビシッっと着こなして……ユニフォームなのだろうか? それにしても皆、ワンサイズ小さくないか……シャツ越しに筋肉が浮き出て見える。

 船上での仕事は、それだけ重労働みたいだな。


 そんなことを考えていると、他の者より二回りほど大きな体格の男が俺の元までやって来た。


「こんにちは、この度は船代タダにしていただいたみたいで、ありがとうございました」


 前にも会ったが、この船の船長だ。ここに来る前に船代をタダにしてもらえたと、トゥナが教えてくれた。


「やぁ、英雄諸君! 気にしなさんな、むしろワイバーンの件片付けてくれたんだってぇ? こちとら感謝しかねぇよ、ありがとうな? 危険人物の兄ちゃん」


──見てたのかよ!


 俺が船長と話していると、エルピスの三人も近付いてきた。


「船長様、この度は無理を言って申し訳ありませんでした」


「おう、ティアの嬢ちゃんかい? さっきも兄ちゃんに言ったけどむしろ助かったよ。もう海に出れないって腐ってたヤツもいたからな!」


 ここの船員は本当に海が好きなんだな……危険も多いだろうに。


「兄ちゃんも嬢ちゃん達も、本当に運がいいぜ? 何たって世界最速の、この俺様のオールアウト号に乗れたんだからな!」


 せ、世界最速船だって! それは中々に粋じゃないか……。

 この世界で最速をうたう船か……見る限り普通の帆船にも見えるけど?

 もしかして、船の両脇についてるのが魔力を使った装置なのか! 考え出すとワクワクが止まらないな!


「おぅおぅ! 兄ちゃんいい目してんねぇ! 期待にみち溢れた目だ……。よし、その期待に応えて見せてやるよ! オールアウト号の真の姿をなぁ!」


 そう言うと船長は階段を昇り舵に手を置く。空いてる方の手を前に突き出し、指示を出すようだ。


「ヤロウども、久々の海だ! 気合いは入っているだろうな~!」


「──うおぉぉぉぉぉぉ!」


 屈強な男どもの声に、船が揺れているようだ。──これが世界最速船の船員達……海に出たときの気合いが違うな。


「大陸を離れる! いかりを上げろぉぉぉ!」


「アイアイサァァー!」


 返事と共に錨があげられ、ゆっくりと船が波に拐われ動き出す。──大型船の為なのか思ったよりは揺れないな……。


「さぁお前たち、待ちに待った宴の時だ! いくぞぉぉぉ! 帆をはれぇぇぇぇ!」


「アイアイサァァァ!!」


 帆を張るため、船員達が慌ただしく動き回る……しかし。


──おかしい……様子がおかしいぞ!


 船員達は、自らが着ていた純白のシャツを脱ぎ始め、帆の付いていないロープへと縛り付けていく……。


 縛ってはロープを引き、縛ってはロープを引きを繰り返す。するとあろうことか、船が前に進んでいるじゃないか……。


 脱ぐと凄い船員達、その脱ぎたてのシャツによる一枚の帆が完成した、完成してしまったのだ……。

 風に舞うようにキラキラと輝く何かを、後方に撒き散らしながら船がドンドンと加速する。


 呆然と立ちすくむ俺の隣に、息を荒げたティアがゆっくりと近づいてきた。


「彼らが着ていた衣類は、大精霊シルフの魔力をまとっているのです、マジックアイテムの一種ですね。着ることで魔力を蓄え、脱ぐことで風を生み出す……とても貴重なマジックアイテム。まさか、この様な使い方があるとは思いませんんでした」


……何だよぉぉ! それ!


 ってことは何か? この船は男共の、汗と涙で進んでるってことかよ! ほら見ろよ、トゥナとハーモニーがショックで白くなってるぞ?


「素晴らしいです……」


 素晴らしいって何がだよ! ってかティアヨダレ出てるぞ!

 え? 何? ティアって、こう言う筋肉まみれも好きなのかよ、知りたくなかったわ! 自分の性癖、もうちょい上手に隠してくれよな!


 つ、突っ込みを入れすぎた……異世界に来て、一番疲れた気がする。どうやら俺達は、とんでもない船に乗ってしまった様だな。


 グローリア大陸が、どんどんと見えなくなっていく。

 大体一月位いたのか? ろくな事なかった気がするけど、これはこれで何か寂しく感じるな……。今まで出会った人々は元気にしているのだろうか?


 かなりの速度が出ているのだろう。大陸は見えなくなり、視界は青のグラデーションに包まれる。

 水面に照り返す太陽と、一斉に新しいシャツを身につける黒光りしている船員達。


「…………もうやだぁ~! 地球に帰りたい!」


 悲痛な叫び声は、広大な海に飲まれていく。俺の新たな冒険のスタートは、深く根深い絶望から始まったのであった。

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