第65話 なんでカナデカナ?


「カナデ様、抵抗しないで下さい……。ハァハァ、観念して私に身を任せるのです……ハァハァ」


 周囲は暗く、俺達を照らすものは薪から上がる炎と、夜空の美しい星々のみ……。


 ティアは俺の両手を掴み、必死で抵抗するものの馬乗りになってきた……。

 自身の脚を、股の間に差し込むティア……完全に逃がさない気だ。


「ティアさん。後生ごしょうだから、離してくれないか?」


「カナデ様! 良いではないですか! 良いではないですか! 少し……少しだけでいいのです!」


 俺の必死な? お願いもむなしく、ティアの顔が徐々に近づいてくる……。

 この細い体の何処から~そんな力が出るんだよ~! 振~り~払えない。くそぉ~! ほのかに……イイ香りがするじゃないか!


「カナデ様……無理矢理にでも聞いてもらいますからね?」


 生暖かい吐息が掛かる……。彼女の顔が、すぐ隣にまで近づいているのだ。

 うっすらと赤みを帯びた、みずみずしい唇からの吐息が……吐息が耳にあたっているぅぅぅ!


「カナデ様~どうでしょうか……? ハァハァ。動けないですよね? これがギルド式寝技術ですよ……」


 ティアの色んな所が当たっている……。こんなの、例え勇者でも逃げ出せる訳がないじゃないか……!


 今更ながら、端から見たらかなり不味い光景なんじゃないか?

 じいちゃん、ごめん……。俺はもうダメなのかもしれない。


「──カナデ君? ティアさん? 何してるの?」


 天からの助けか……はたまた、地獄からの呼び声かは正直わからない。

 ただ一つだけハッキリしている。これは詰みだ……。


「トゥナ! これには深い訳があってだな……?」


 突然の出来事に、ティアの思考が停止してしまったのか? 俺の上から動こうとしないのだ。 


「お、おいティア、しっかりしろよ!」


「はっ! フォルトゥナ様、これはですね? え~っと……そう! 特訓です。無手での戦闘の勉強をしたいとカナデ様が……」


 そう言いながら俺の上から降りると、引きつりながらも笑顔を見せた……。


 うわぁ……それは無理あるだろ? 終わった……。この後、物理的にも、異世界社会的にもこの世を去ることになるのか……。


「なるほど……。カナデ君って志が高いのね? 影の努力をしてるのね……知らなかったわ。私も詳しく聞きたいわね……」


 あれ、もしかして信じてるのか? おいおい……うちのお姫様、チョロすぎだろ? 結果的に、変な勘違いされなくて助かったけどさ。


 逆に信じられて、罪悪感を感じているのか? ティアの目線が終始泳ぎっぱなしだ。本当、トゥナと酒が絡むと、この人はダメになるな!


 すると突然、ティアは手をポンッと叩いた。──お! この場を無事に納めてくれるのか?


「あぁ~カナデ様、申し訳ありません! 私、やらないといけないギルドの雑務が残っていたのを忘れていました! これで失礼しますね!」


 棒読みの台詞の後、逃げる様にその場を去るティア。──二人っきり残されたって事は……もしかしてコレは、俺に丸投げか? やられた!


 トゥナと視線が重なる。──選択を誤るな……俺!


 ひきつりながも、なるべく自然な笑顔で彼女に近づいた。


「トゥ、トゥナは、こんな時間にどうしたんだ?」


 誰が見ようと完璧だ。自然な感じで答えることが出来た……っと思う。


「そろそろ、夜の番をカナデ君と交代しようかと思って……」


 それだけ言うと、彼女は俺の隣に座り「は~~」とため息をついた……。どうやら今晩はそういう日のようだ……諦めろ、俺。


「タメ息なんてついてどうしたんだよ? 俺の国だとタメ息つくと幸運が逃げるって言うぜ?」


 膝を抱え、頭を下げて座っているトゥナが、俺の問いかけに「そうなの?」と可愛らしく顔だけ向けて答える。

 しかし、心ここにあらずと言った所だろうか? その後、すぐさま下を向いてしまう。


「カナデ君……私、やっぱりティアさんに嫌われちゃったのかな?」


「え~っと、どうしてそう思うんだ?」


 突然の質問に気のきいた返事も、冗談も返すことができなかった。


「私、国では数人目の側室の娘って事もあって、公式の場や、外交の場には立ったことがないの。それでもティアさんが、私の事を知っている様子だった……。きっと、お父様から依頼で私の監視を頼まれてるのかなって思ったの」


 め、珍しくトゥナが冴えているな……。まさしくその通りだ、的を射ている。


「トゥナ? それって嫌われる理由にならないよな? 何をため息つく事があるんだよ」


「だって! 今さっきも、逃げるようにどっかに行っちゃうし。前までは、ティアさんから色々と積極的にお話してくれたのに……。突然、余所余所しくなっちゃったし……」


 なるほど……。トゥナは親父さんと、こっそり連絡を取っていたティアに怒っているわけではなく、普段と違うティアに戸惑っているのか……。なんだかな?


「あのさ、トゥナはティアの事どう思ってるんだよ? 嫌いになったか?」


「私がティアさんの事を? とんでもないわ! 大好きよ。今も、お姉ちゃんみたいに思ってるわ……」


 なるほど……。ティアが聞いたら鼻血でも出すんじゃないか? 何とかしてやりたいな……。

 でも、俺って誰かを励ますとかキャラじゃないんだよな。それにこの事に関しては、出る幕はないし。まぁ、出来る限り頑張ろうか……。


「まったく、トゥナらしくないな……願いが、伝えたい想いがあるんだろ? 自分が正しいと思うなら、周りに迷惑かけようが突っ走る……。そんな真っ直ぐな女の子、それがトゥナだろ?」


──そう、俺は彼女の背中を押すぐらいしかできない。


 トゥナは、俺の言葉を聞き驚いたかのように目を見開いた。右手は強く握られ、小刻みに震えている。


「そっか……。そうだよね? 私らしくないよね?」


 彼女はそれだけ言うとその場を立ち、スカートのホコリを払う。──どうやら、少しは元気になった様だ。


「なんか嬉しいな……。カナデ君が私の事も、ちゃんと見てくれてるみたいだし……頑張らないとね」


 そう言って自分の前で小さくガッツポーズを取るトゥナ。──ちゃんと見てるって……どういう意味なんだよ。まぁ、トゥナの事だから深い意味じゃないとは思うけど。


「あ、見張りの交代だったわね!」


「いいよ。ティアがまだ起きてるかもしれないだろ? 頑張ってこい」


 俺は早く行けと、トゥナに向かって手を振った。


 それを見た彼女は、先程の元気のなさと打って変わって太陽のような笑顔を俺に向けた。


「ありがとう、カナデ君!」


 ティアの後を追うように、馬車に向かって行くトゥナ。──ありがとう……か。さて、流石にこれで本日の相談は終了だろう。


『カナデって意外と信頼されてるのカナ? 皆、相談来てたシ!』


 ビ……ビックリした! 今日は無銘の中で寝てたのかよ……。


『それにしても……。ウウン、やっぱなんでもないカナ』


 何だよそれ! 気になるだろ? いいから言えよ、勿体ぶるとかミコらしくないだろ……。


『…………』


 なんだよ……。まさか、ミコまで相談したいって言うんじゃないよな?


『違うカナ。じゃぁお言葉に甘えて言うシ! 皆、何でカナデなのカナ……? ボクなら絶対しないモン……』


 おい、ミコさんよ。それはどういう意味だよ……。

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