第64話 都合のイイ勇者様


 空には幾億いくおくもの星星ほしぼしが広がり、凛とした澄んだ空気が肌寒さを感じさせる。


 空気が綺麗な為か……将又はたまたそれは地球の常識とは違う、異世界だからなのかもしれない。俺の目の前に写し出されている光景は、地球で見る星空より全てが一周り、二周りほど大きく感じられる。


 薪の火を絶やさぬ様、火の番をしながら俺は無銘のメンテナンスを行っていた。


 口に拭い紙を咥え、無銘に打粉うちこを行い、それを別の拭い紙でつばの方から刃先に向かって拭き取る……。

 時代劇でもよく見る光景だが、これは刃の表面に付いている、古い油を拭き取っているのだ。


 う~ん、やはり無銘は見事な刀だ。この曲線美……つい頬擦りしたくなってしまう。俺の恋人は、やっぱりお前しかいな……。


「──あの、カナデさん? ご相談があるのですが~?」


「ひゃい!」


 突然の事で、驚いて変な声が出てしまった。──す、少し集中しすぎていたようだ。


 声の主を見ると、そこには一人の小学生……もとい。ハーモニーが立っていた。


「どうしたんだよハーモニー……寝たんじゃなかったのか?」


「いえ……それがですね? 相談の内容にもなるのですが~……。やはりお姫様と一緒に寝るのが、緊張するのです~……」


 あぁ~、そう言うことね? まぁ突然の事実に、戸惑う気持ちもあるだろう。


「あんまり気にしてやるなよ? 本人もそれを望んでただろ?」


「う~ん……分かっては居るんですけどね~……」


 そう言いながら俺の隣に腰かけるハーモニー。

 分かっていても……それでも考えてしまうのだろう。難しい話だよな?


 膝を抱え座り込む彼女に、何かしらのアドバイスをしてやりたいのだが……。


──あ、そうだ。


「なぁ? 話は少し変わるけど、お姫様と勇者様ってどっちが偉いんだ?」


「な、なんですか? 突然……。ん~……基準が違うから分かりませんが、物語にもなるほどですし、勇者様でしょうか~?」


 ハーモニーが答えると、俺は握られた拳の親指だけを立て、自身を指さした。


「じゃぁ大丈夫だろ? 勇者様の俺と、こんな自然に話せてるんだからな?」


 それを聞き、言いたいことを察したのだろう。あきれた顔の後に、クスッと笑顔を見せるハーモニー。


「でも、追い出されたんですよね? それじゃぁノーカウントです。残念でした~、カナデさんは勇者様じゃありません。自称勇者様は中々にイタイですよ~?」


「おいおい、経緯は一緒なんだから違いはないだろ? もっと俺の事をうやまええよ?」


 そう冗談めかすと「無理ですよ~,もう少し頼りになったら考えます~」と、笑いだすハーモニー。──どうやら、肩の力が抜けたようだな?


「勇者様の俺と、こんな風に冗談が言い合えるんだ。七番目のお姫様なんて、全然緊張することないだろ?」


「まったく……。都合のいい時だけ勇者様になるんですね? そんな勇者様、普通いませんよ~?」


 随分緊張も解れた様だし、もうひと押しだろうか? もう一度親指を立て、自分に向け笑顔で答えた。


「──でも、ここに居るだろ?」っと……。


 俺の姿とコトバを聞き、ハーモニーは「やれやれ」っと言わんばかりに首を振っている。意図を汲んでくれたようだな。


「そうですよね~……。私達のパーティー内で、今さら勇者様だったりお姫様だったり、そんな事を気にするのもおかしいですよね~?」


「そう言う事だ、わかったらお子様はさっさと寝ろ」


 ハーモニーが両頬を膨らませて、睨んできた。子ども扱いに怒ったのだろうか?


「本来ならトゥナさんをけしかける所ですが……。今回に限り、相談に乗って貰ったので、見逃してあげます~」


 物騒な事を言うだけ言って、ハーモニーはその場を立ち上がり、馬車に向かって歩いて行く……。──寝に行くのかな? 


 そう思った時だ。ハーモニーは途中で振り返り「ありがとうございます! ちょっとだけイタイ、自称勇者様~!」と、その言葉を残し馬車の荷台へと走っていった。──結局、イタイやつ認定されちまったな……。


 さて、無銘の手入れ途中だったな。仕上げをしようか?


 油塗紙に油を吸わせ、刀身にムラ無く、まんべんに……。しかし、塗りすぎないように意識して油を塗りあげる。──よし……こんなものか?


 塗り終わった無銘の刀身に、触れることなく刃を覗き込む。

 そして、闇夜に輝く曲線美を、徐々に鞘へと納めて行った……。


 ふぅ~完成だ。流石無銘、かなり興奮してしまった……感無量だ……。


「──カナデ様、少々お話があるのですが……お時間よろしいでしょうか?」


「ひゃいっ!!」


 くそぉ……また変な声が出ちゃっただろ……? 今度はティアかよ! あなたとの話は、嫌な予感しかしないんだけど……。


「あのですね? フォルトゥナ様の事なのですが……」


「ちょっとまって下さい! 話を聞く前に、結局の所ティアさんは何者なんですか? トゥナの親父さんから、トゥナの事で何かしらの命令を受けているってのは、察しがつくんですけど……。立場としては、ギルドの人間でいいのですよね?」


「う~ん、そうですね。元々は国から派遣された、ギルドの密偵だったのです。主に、グローリア国内の悪い噂に関する……。その中、別件で王命が下りまして、フォルトゥナ様の身辺の情報も上げることになってたのです」


──っん? 密偵って……スパイの事、だよな?


「あ、あの? それって俺……聞いてもよかったんですか?」


「カナデ様が御自分でお聞きになられたのですよ? ……それに薄々は気づいておられたのですよね? それなら下手に情報を捕まれるより、仲間に引き込んでしまおうかと思った次第です」


 おい! 何でこの人はいつも、人の意思とは無関係に何かに巻き込むんだよ! 三角関係疑惑の次はスパイかよ!


「ちなみにですよ? それを外部に漏らすようなことがあったら俺……どうなるんですか?」


 ティアがキョトンっした表情になる。その直後、物語のヒロインが見せる様な素敵な笑顔で微笑んだ。


「カナデ様を暗殺して私も死にます! 私達……運命共同体ですよね?」


 おいぃぃ! 何で勝手に巻き込んだ! 可愛い笑顔で言っても許されないからな?


「あぁ~……。それで? 話って何なんですか?」


「え~っとですね……? 先程のとは別に、実はもう一件王命を受けてるのですが……」


 俺はその言葉を聞いた瞬間に、慌てて両耳を塞ぎ目を閉じた!──何も聞いてないし何も見ていない! こんなの、面倒事に決まってるじゃないか!


「カ、カナデ様! 意地悪しないで聞いてくださいよ~。お願いします!」


 ティアは俺の手を掴み、何とか耳から引きはなそうと奮闘する。しかし、俺も男の子だ! 力で負けるわけにはいかないんだよ!


「イヤだ~、聞こえない~!」


 闇夜の中、その激しい攻防はしばらくの間続いたのであった……。

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