第63話 クラブマジック

 突然の事で一同が驚いている。先程まで何かを考えていて、大人しかったトゥナが急に大きな声を出し立ち上がったのだ……。


「フォルトゥナ様……落ち着いて下さい! これ以上はあなた様の……」


 制止する彼女を見てトゥナが答えた。


「やはり、貴方は私のことを知っているのですね?」と……。


 そして、トゥナの意味深な言葉にティアは顔を曇らせ視線を外した。


 トゥナも毎回着いてくるギルドの担当に、いくらなんでも疑問を思ってたに違いない……。もしかしたら、その上で知らないふりをしていたのかもしれないな?


 トゥナはゆっくりと歩きだし、俺の前まで来るとその場で頭を下げた。


「カナデ君のリベラティオ内での行動に関しては、最低限の監視がつくと思います。しかし、政治的な行動規制を行わないことは、私が約束しましょう」


 そうか……トゥナはリベラティオ国側の人間だったのか? そしてこの展開……今の俺の予想が正しければ……。


 トゥナは頭を上げ、真っ直ぐと俺を見据える。その瞳からは、決意の強い意志が感じられた。


「私、リベラティオ王国 第七王女 、リベラティオ・フォルトゥナ。私の名の下に……かならずお約束します」


──やっぱりか……。


 それにしても、上流階級の御嬢様だとは思っていたが、まさかお姫様だなんてな……。


 ティアとハーモニーを見ると、いつの間にかその場にかしずいている。俺もしゃがみこみ、それを真似するようにポーズを取ろうとしたのだが……。


「──皆さん、いつも通りにして下さい! 王族と言っても七番目の……。妾の娘ですので、普段通りでお願いします……」


 そう言って、俺達にもう一度頭を下げるトゥナ。その姿に、いたたまれない気持ちになり俺達は立ち上がり、席に戻った。


「カナデ君。その……黙っていてごめんなさい! パーティーを最初に組みたいとお願いしたのも、本当は貴方ほどの実力者がこの国に居ることを、私が恐れたからなの……」


 なるほどな……? ほとんど身ず知らずの男とパーティーを組みたがるなんて、おかしいと思ったんだ。


「別に、敵意や害があった訳じゃないんだろ? 今さらだし、それは構わないよ。あれ? そう言えば、言葉遣いも今までのままでいいのか?」


 そう言っておどけて見せた。トゥナが王族だと認識はしたものの、俺にとってはトゥナはトゥナであり、エルピスのメンバーの一人でしかないんだよな……。


「カナデ君らしいわね……ありがとう、もちろんそのままでお願い。一緒に居るうちにドンドン言い出しにくくなってたの……。ん~スッキリしたわ」


 トゥナはその場で伸びをしながら、俺達に背を向けるようソッポを向く。日も沈み始め、彼女の表情も確認することが出来なかった。秘密を自ら告白した彼女が、何を思っているか……それは分からない。


「それでね……カナデ君」


 砂金が散りばめられた様に、小さな星が輝き広がり始める。その中、俺の顔を見る彼女の、弱々しくも震える声が聞こえた。

 

「カナデ君には、どうしてもリベラティオに来てもらいたいの……。それで、向こうでもこのまま、私と……。私達とパーティーを、継続して欲しいと思っているの!」


 彼女は、なけなしの……ほんの一握りの決意を持って、俺に自分の意思を口にした様に見えた。少なくとも、俺の瞳にはそう写ったのだ。


 その後トゥナは、不安そうに俺の顔を見つめる。不安そうな顔で、俺からの回答を待っている様だ。


 別に彼女を信じていないとか、そういう訳ではない。ただ俺は、彼女の願いの真意を聞いてみたくなった。


「理由を……教えてもらってもいいかな?」


 伝える言葉を探しているのだろうか? 少しの間の後、トゥナの口が開かれる。


「さっきも言ったけど、カナデ君には監視が着くと思うわ……。それで貴方が嫌でなければ、お父様にお願いして私がその役目に立候補するつもりなの。それならカナデ君も、今まで通りに生活が出来るかなって……。それに私も、カナデ君と一緒に居ることが目標に近づく、一番の近道な気がするから」


 彼女なりに、俺の事を考えてくれているのは嬉しいな。例えそれが、実際に叶えることのできない絵空事だとしてもだ。

 

 今の現状を考えると、彼女達から離れたとしても平和に生活する事などできないだろう。それに……考えるまでもないな?


「今まで通りに生活が出来る可能性があるなら、断る理由もないしな? トラブルさえなければ、今の状況も気に入ってるし。何より、トゥナに監視されるならこちらからお願いしたいぐらいだよ」


 正直この先も不安でしかないが、俺なりの冗談で場を和ませることにしたのだ。……冗談で和ませたつもりだったのだが──。


「カナデ……よこしまカナ!」「カナデさん……本当、最低ですね」「カナデ様、マジで死んでもらえませんか?」


 え? 皆様、少々辛辣しんらつな意見が多いのではないでしょうか……? ティアにいたっては、あまりにも酷いだろ……?


 「ありがとう……。カナデ君、本当にありがとう……」


 下を俯き、その場でトゥナは立ち尽くした。


 辺りは完全に日も落ち、満天の星空が俺達を照らす。いつの間にか、言葉を口にするものは居なくなり、静けさに包まれていた。


 俺はパンパンっと手を叩き「じゃぁ、今日は難しいお話は終わりだ」と、込み入った話を打ち切ることにした。──各自思うこと、考えることもあるだろうしな?


 席を立ち、夕食の片付けを始めようと足元に視線を落とした。


「──な、な、な、なんだこりゃ~!」


 目の前の皿を見て衝撃を受ける。巨大な蟹の殻が山ほど一杯になっていたのだ……。意識はしていなかったが、話ながらも皆して、蟹をバクバクと食べていたらしい。


 そうか……蟹って食べると無口になるって言うけど。話ながら何気無く食べると、つい食べ過ぎてしまうんだな? 言われて見ればはち切れないかと思うほど腹がパンパンだ……。


 空に流れる星々の川を見つめ、心の底から思った。蟹の魔力……恐るべし……っと。

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