第48話 ピンきゅ……


 教会についた俺達は、入り口の広場に馬車を止めると、馬を馬車から外し広場の脇にある厩舎きゅうしゃに連れていった。その後、荷台半分を埋め尽くす量のある麻袋を、二人掛かりで馬車の荷台から地面へと下ろした。


 ふ~う……。何度訪れてもこの建物は見事なものだな。

 

 辺りを見渡すと、今日は心なしか敷地の雑草が抜かれ、小綺麗になっているように見える。誰かが草をむしったのだろうか?


「う~ん。荷物も多いから、子供達にも手伝って貰いましょうか~?」


「あぁ、そうだな」


 荷物運搬の協力を仰ぐために、俺達は子供達を呼びに行くことにした。俺とハーモニーは教会のドアを開いた──その時だ。


 中では何と……子供達に揉みくしゃにされている、元盗賊の子分達の姿があった。あの盗賊事件の子分の中でも、口数の少ない方の二人。ビーキチとディランだ。


「い、痛いよぉ。耳引っ張らないでぇ……」


「ディ、ディランのお尻叩かないで欲しいウサ! 尻尾引っ張らないで欲しいウサ!」


 何て言うか、子供と遊んでいると言うより子供に遊ばれてるな……。微笑ましいような、非常に残念なような……。


 そんな彼らの姿を見て、ハーモニーが慌てるように子供達に駆け寄って行く。


「こらぁ~お前達! 人が痛がる事しちゃだめでしょ~!」


 ハーモニーがそう言って怒ると「ハモ姉だぁ~にげろぉ~!」と、子供達は次々と奥の部屋に逃げていく。


 その後に残された、メソメソ、ウサウサ泣いている兎人族の二人。気軽に「よぉ、元気か?」と挨拶もできない空気だな。


「大丈夫ですか……? うちの子達がスミマセン~」


「ハ、ハーモニーの姉御じゃないですかぁ? 助けていただいてありがとうございますぅ~ご無沙汰ですぅ~」


 ビーキチはボロボロになった体を起こし、ハーモニーに挨拶をする。しかしその中、立ち直れずに背後で「ウサウサ」泣いているディランの姿が見え隠れする。──相当ひどい目にあったんだろうな……。子供おそるべし。


  俺はそんなディランに近づき、優しく肩を二度叩いた。


「グスン……あにさん。お久しぶりウサ……」


 俺の姿を見てか、何とか泣き止んだディランに「久しぶりだな二人とも、表に荷物があるから、裏庭に運んでおけ」と、親指を立てながら無慈悲に答えた。


「──カナデさん……鬼ですか~?」

『カナデ鬼畜カナ……』


 関係各所からクレームが入った……。だけど気にしない! 俺はただ、彼らに強く生きて欲しいと思っている。決して、ウサウサにムカついたわけではない。あえてもう一度言おう! ウサウサには、少ししかムカついてはいない! あれ?


「所で親分さんの具合はどうなんだ? 二人がここに居るって事は無事なんだろ?」


「はぃ、今は聖母マザー様とお話しされてますよぉ?」


 ビーキチはそう言って、先程子供達が向かった扉の方に向かって指をさす。──残りの元子分も一緒なのか?


「それじゃぁ、俺達は会いに行ってくるから、荷物を頼んだぞ?」


「はい喜んで!」と、ハモるように返事をする二人を残し、俺とハーモニーは聖母様と親分が居ると言っていた部屋に向かった。


──トントントントン。


「はい、どうぞ」


 ハーモニーのノックの後、中から聖母様の返事があったので部屋の扉を開けると、椅子に座る聖母様、その周りには先程の子供達がいた。そして、テーブルを挟んで親分とエースケ、シータが座っていたのだ。


「ハーモニーです、ただいま戻りました~」


「お帰りなさい、ハモニ。無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」


 二人の会話の後、目の前から「おぉ~、君はあの時の!」と、両手を広げながら俺に近づく親分がいた。


 良かった……。一命を取り留めたようだな? 流石に死に至るとは思っていなかったが……トゥナ、手加減しなかったからな。

 精神的に、何かしらの障害を患うケースもあるらしいから、心配はしていたんだよな。


「あの時は……本当にすまなかった! そして、私たちにやり直すチャンスをくれたこと、本当にありがたく思う!」そう言いながら俺にハグをする親分……。──これが親分の本来の姿なのだろうか?


「いえ、チャンスを与えてくれたのはココの方達ですよ? 俺はなにもしてないんで」


 実際あの時、俺は馬車の修理以外なんにもしてないしな……?


「そう謙遜けんそんしないでくれ、私達は、本当に君の事を命の恩人だと思っているのだから」


 そう言いながら俺のお尻をポンポンと叩く親分。──なんかフレンドリーで、いい人そうじゃないか? 立場の弱い部下を守る……中々出来ることじゃないよな?


 様子を見るに、親分の体調も良さそうだし、ひとまずはハッピーエンドだな? 


 目の前から「兄さん!」と、近づいてくるエースケとシータの姿が、彼らも見た所健康そうだ。──みんな無事みたいだな。良かった良かった!


「ご無沙汰でヤンス、兄さん!」 と、頭を下げるエースケとシータ。

 親分はその様子を見て笑いながら、俺の肩を抱き満足そうに頷いている。


 それを見つめるハーモニーと聖母もとても穏やかな笑顔だ。


──ただ、ただ! 俺はその時に気づいてしまった……。


 何故か俺の肩を抱く親分の右手の、小指だけがピンッ! っと立っていることに……。


「そうだ、エースケ、シータ、表にある荷物を裏庭の畑に運ぶのを手伝って欲しいんだけど?」


 俺は、そう言葉にしながら、親分の手から抜け距離をとろうとした。


──ガシッ! 歩き出した俺の左手を、誰かが握りしめた感触が……。


 あかん……。汗が止まらへん……。


 全身から汗が吹き出し、鳥肌が立ってきた。本能が、今までに感じたことの無い程の危険信号をあげている。


 俺は自らの本能を信じ、左手に感じた感触を振り払い、教会の出口へ向かい一目散いちもくさんに走った。


──どうやら、俺の本能は間違っていなかったらしい。


 背後からは「まってぇ~」と、追いかけてくる親分の姿が。

 とっさに鑑定眼を使い、ステータスの素早さを確認すると、俺の方が圧倒的に勝っている。

 それを見て一瞬安心するのだが、何故か声は近付いてきているのだ!──距離が近づいてきている! くそぉ、だからステータスなんて当てにならないんだよ!


 必死で走り、何とか教会の出入り口にたどり着いたものの、いくら扉を引いても蝶番ちょうつがいが錆びているためか、開こうとしなかった。


「──開かない? 何でだよ!」


 一心不乱にドアを引くが開く気配がまったくない。このままでは……このままでは大変な事になってしまうかもしれない!


「はぁはぁ……追い付いたわよぉん。別に悪いようにはしないから、逃げないでよぉ……」


 口調が完全におねぇだ! 扉を背に、助かる方法を模索するが、もう逃げ場はない……。──斬るしかないのか! っと、覚悟を決めた。


──その時だ!


 背後の扉が不意に開き、俺は思いっきり後ろからか転倒した。どうやら、開けるのは押す方だったようだ……。


 いててて……頭を打った……。そんな場合じゃない! 逃げないと!


 そう思い目を見開くと、目の前にはヒラヒラした心奪われる布生地が、視界一杯に……。


「絶景……カナ……?」


 教会の中では誰かが倒れる音がして、俺の頭上ではトゥナの叫び声が木霊した。


 俺の「ピンきゅ……」の言葉を遮るように、トゥナは俺の顔を踏みつけた。その時に、俺の悲痛の声が教会内に響き渡ったとか、響き渡らなかったとか……。

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