第46話 デリカシー



 若干薄暗く、辺りは静寂が支配する早朝、覗かせた太陽が万物を照らし影を作り出していく。

 その静寂の中、俺がとある湖のほとりで剣を研ぐと、周囲にその音が木霊する。


 研ぐ手を止め、削り終えた剣を水で洗い流し刃を覗き込んだ。レイピア状の剣をその場で二度、三度振り、その後に水気をしっかり取り、錆止めの油を塗って鞘へとしまう。


 一段落して、口に咥えていたいた拭い紙をマジックバックに戻し「んあぁ~」と大きな延びをすると、荷馬車の幌からコッソリ顔を覗かせている一人のエルフの少女に俺は気づいた。


「おはようハーモニー、今からお茶入れるから一緒に飲まないか?」


 俺が声を掛けると、驚く様に肩を跳ね上がらせたハーモニーが、何かを諦めた面持ちで「おはようございます~……」と、気まずそうに歩いてきた。


 小さな体を、より丸くする彼女は俺の隣にちょこんっと座り、顔を赤く染めている。


「さ、昨日は、大変御見苦しい姿を見せて大変申し訳なく~……」


 かしこまった言葉遣いと、雰囲気で俺に話しかけるハーモニー。大泣きしたのを見られたのが恥ずかしかったのだろう。


「いや~昨日のミコのダンスはすごかったよな? ついつい湖の光が綺麗に見えるように焚き火を消したからさ、ハーモニーが言ってる御見苦しい姿? その意味が良く分からないんだよな」


 からかわれるとでも思ってたのだろうか? ハーモニーは俺の言葉を聞き、目を丸くして驚いている。


「カナデさんって格好いい事言うんですね……びっくりしました。危うくギャップに騙されそうになりましたよ~?」


 急に笑い出す笑うハーモニー。──危うくギャップにって……普段俺の事を何だと思ってたんだよ……。


 入れたてのお茶をハーモニーに差し出しながら「惚れて貰っても良いけど、告白は後5年は待ってくれよ?」と、俺は冗談で返した。──ロリコン認定されても困るからな。


 お茶を受け取りながらも、俺の発言に不思議そうに子首をかしげるハーモニーが「念のために質問なんですが、カナデさんって私の事いくつだと思ってます~?」と質問してきた。


 こ……これは中々のキラーパスだ……。


 正直な所、見た目だと十二歳ぐらいに見えるが、俺は出来る男だ。質問の意図を汲み取ろう。このぐらいの少女は、少々大人びて見られたいはずだ、少しだけ上に答えよう!


「え~っと十四歳ぐら──」

「──十九歳です~!」


 物凄い食いぎみに言われた……。


 やっちまった! って言うか、この外見でその年齢とか……そんな事分かるか! それでも二歳ぐらい上に答えたんだぞ!


「……カナデさん、すこ~しだけ格好いいと思ったけど、それは勘違いでした。ごめんなさい~!」


 そう言って、怒りながら俺の入れたお茶をすするハーモニー……。


 どうやら早速フラグが折れたらしい……。う~ん、俺はハーレム系の主人公にはなれそうにないな? でもまぁ……ハーモニーが元気そうで良かったよ。


「──カナデ君。流石に今のは、少しデリカシーにかけてると思うわ……」


「カナデ、デリカシーかけてるカナ!」


 批判の言葉を俺に浴びせながら、荷馬車からミコを連れてトゥナが降りてきた。──盗み聞きも、大概デリカシーを欠いてると思うんですけど……言わないでおこう。


 この後、皆で朝食を取り出発の準備をし、馬車に乗り込む。フィーデスの町には順調に走れば昼時期ぐらいには到着することが出来るであろう。


 それにしても見事に雲一つない晴天だ、心なしか暖かい風も吹いている。


 俺はと言うと、今日も御者席でハーモニーから馬車をぎょする手引きを受けながらフィーデスの街に向かっている。


「ずいぶん上手くなりましたね~?」


「そうか? まぁ今は、真っ直ぐ走らせてるだけだけどね?」


 馬車を走らせている通りは狭い道でも、周囲に障害物があるわけでもない。先を見据えて変な地面を通らないようにするだけだしな。


「町に戻ったらもうこうして、カナデさんに教えることも出来ませんね~」


 俺は、そう言いながらうつむくハーモニーの頭を、グチャグチャっと少々乱暴に撫でた。

「止めてください~」と俺の手を振りほどきながら「新人さんは両手で手綱を握ってください~」と怒るハーモニー。


「ごめんごめん」


 謝りながらもハーモニーの怒る様子を見て、腹を抱えて俺は笑った。──やっぱり、居心地がいいな。


「カナデさんはそうやって私の事、子供扱いするんですから~、私の方がお姉さんですからね~」


 そう言いながら頬を膨らませるハーモニーに「はいはい」と笑いながら、手綱を握る俺。


 荷台からは、トゥナとミコの楽しそうな笑い声が響く。


 この生活を続けるためにも、どうしたらいいだろうか? そんなことを思考しながらも馬車を先へと進ませる。


 この世界に来た当初は、誰かと一緒にいるために思考を巡らせている……そんなことがあるとは思わなかったな……。本当に空が青くて綺麗だ、らしくもないが、今はこんな日々が続いて欲しいと切に願ってしまっていた。



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